壁の中の笑う顔
2020/08/26
深夜、誰もいないビルに一人でいた事がありますか?
薄暗い廊下で立ち止まると、
ボーッいうような耳鳴りが聞こえ
それが次第にじんじんとした痛みに変わり、
一瞬でも気を緩めると頭から次第に
暗がりに溶けていくような錯覚がする。
親戚からの頼みごとを安請け合いして、
私は思いっきり後悔していました。
「さっき車で通りかかったら
入口にタチの悪そうなヤツがいたから、
念のため見回りに行って欲しい」
場所は私の家から車で数分、
日ごろお世話になっている親戚であるし、
足が不自由な人なので2つ返事でOKしました。
親戚がオーナーのそのビルは3階建てで、1~2階はテナント
(店が入っても長続きせず、当時は1~2階とも空きでした)
3階には親戚が書斎代わりに使う部屋と、
私が倉庫として借りている部屋がありました。
到着したのが夜の11時頃。ビルと言ってもかなり小さく、
全部の階を回っても30分はかからない。
手早く済まそうと駆け込みました。
1階から順に回り始め最後の3階まで異常はありませんでした。
3階の書斎で一息つくため、煙草に火をつけましたが、
前述のとうり何も音がしないという事に対する恐怖が、
段々と重くのしかかってきて、さっさと引き上げる事にしました。
3階建てですが足の不自由なオーナーのために
エレベーターが有るので、早速それに乗り込み1階のボタンを…
焦っていたのか2階のボタンも押していました。
2階に到着。軽い振動とともに扉がスーッと開きました。
私はぼんやりと扉の向こうの2階の壁を見ていました。
エレベーター内の灯りがフロアにもれる...
いつもならそこには少し黄ばんだ白い壁があるはずでした。
…何かが違う…
初めはシミか何かと思っていたソレに気づいた瞬間
身体は硬直して動かなくなりました。
無表情な女の顔でした。
扉越しに見える壁いっぱいの大きな顔でした。
透けたその顔はシーンと静まりかえった中に浮かんでいました。
私は目を外すことが出来ませんでした。
その顔は表情を段々と変えていくのです。
笑っていました。
精神を病んでいる様な笑い方でした。
でも声は全く聞こえず、相変わらず静まりかえっていました。
エレベーターの扉はオーナーの為に時間設定を変えてあり
通常より閉まる時間が遅くなっていました。
身体が動かずボタンも押せない。視線も顔から外せない…
数十秒後に扉が閉まるまで、
ずぅっと狂った様に笑い続けていました。
私は逃げるように家に帰りました。
途中、鍵を返すために親戚の家にも寄りましたが、
何も話せませんでした。
今まで音が聞こえない恐怖に怯えていましたが、
もしあの時、笑い声が聞こえていたら…