帰宅の途に着く
2019/03/31
僕が小さかった時、両親と何処かへ出掛けて帰る時の事でした。
何故か、その時何処へ行って来た帰りなのか覚えておらず、今は父が他界し
母は元気ですが、僕は一人暮しをして居る事から、その事を聞く機会を逸してしまいました。
本題に戻りますが、その日は丁度ゴールデンウィークの終りで、
帰宅の途に着く車で家へと急く心とは裏腹に、車は遅々として進みませんでした。
父が苛立たしげに「ちっ」と舌打ちした事と、
その時フロントガラスにぽたぽたと雨が一滴二滴当たった事だけは、
18年経った今でもその光景だけが、切り取られた断片であるかのように、
はっきりと鮮明に脳裏に焼き付いています。
どういうやり取りがあったのか分かりませんが、
どうやら混雑している国道を避け、未舗装の裏道を通る事になったようでした。
僕は疲れてうとうととして来たときに、がたん、がたんと揺れる振動と
がしゅ、がしゅという定期的な音を立て続けるワイパーの音で目覚めた時は既に、
真っ暗な山道のようなところを走っていて、
眠る前には前後に沢山あった車が一台も見当たらない事に、
子供心ながら不思議な気持ちと共に…心細かった事も覚えています。
その道を走り続け、どのくらい経ったかは分かりません。
ただ、後ろから覗き見た母と父の表情が少々強張っていた事と、
車内のぴりぴりとした雰囲気を僕は察し、母に「眠い」と言いました。
母はただ一言。
「目を瞑っていなさい」
とだけ言いました。
何時もは明るく朗らかな母の声が微かに震え、
父は睨み付けるような表情で雨の帳の向うを凝視していました。
此処で、両親と色々なやり取りがあったと思うのですが、残念ながら良く覚えていません。
眠かったのと、ぴりぴりした雰囲気が嫌で、
僕は結局後部座席に身を投げだし、ぎゅっと目を瞑りましたが眠れません。
雨の音に混じり、
「やばいな」
「どうしよう○○さん(父の名です。)、どうしよう」
「南無阿弥陀仏」
等々の両親の話が耳に入りました。
目を開けようとすると、どうして分かったのか父が「寝なさい!」と
強い口調で僕に言い、僕は仕方が無いので目を瞑り眠った振りをしていました。
何だか、凄く時間が経った気がしたのですが、
同じ道を延々と走り続けていたような気がして、
両親にばれないように、薄目を開け、
フロントガラスの先のヘッドライトに照らされている木々に目を向けた時。
そこに髪の毛が長い、女性が立っていました。
虫の知らせでしょうか。
その女性の事を幽霊というか、言ってはいけないものと直感していたのが今でも不思議です。
真っ青になり、震える手でハンドルを握りながらも、父は只管に道を走り続けました。
数分くらい走った時、前方に白いものが見えました。
それは、数分前に見た女性、その同じ人が同じように雨に濡れ、
こちらの車を瞬きもせぬまま、見つめていました。
そして、行けども行けども、その女性は車の先を越すかのように、
何度も何度も同じ姿で立ち尽くしています。
僕は我慢出来なくなり、目を開けて母に抱き付きました。
確か、酷く泣いた覚えがあります。
僕が泣き付いたのと期を一にして、前方に立つ女性がとても優しい笑みを浮かべました。
父がその時、何を思ったのかは今はしる由もありません。
ただ、突然急ブレーキをかけた事、
そして車の先にぽっかりと奈落のような崖が
黒々としたその口を開けていました。
「橋梁工事中」確か、大意はこんなような標識が立っていたのと、
その奈落の下から河のように水が流れる音が聞こえていました。
これだけですが、後は何も覚えていません。
その女性はふっと消える瞬間、
父を何故か指差して責めるような表情を浮かべている光景が、
覚えている最後の光景です。
父はその後、3年経って交通事故で他界しました。