夢の記憶
2018/10/16
ある日夢を見た。
人里離れた山奥の中にひっそりと建つ洋館の夢。
友人達とたあいも無い話をし、誰もいない洋館の中を自由に歩き回っていた。
そんな中、友人の一人が突然うずくまり、泡ふいて倒れた。
意識が無い。
俺たちはパニックになり、洋館の中でわめいた。
俺の後ろに何かがいる。
恐怖で振り返れない。
俺の正面に立つ友人が、俺を見て血の気が引いた顔のまま硬直していた。
そこで目が覚めた。
この夢はいつ見たのか覚えていない。
ただ見たと言う記憶だけしかない。
ある出来事をきっかけに、この夢は思い出された。
車が運転出来る年ごろになると、目的は二の次で遠出をしたくなるものだ。
俺たちも例外では無かった。
当時18.9才だった俺たちは、気のあう仲間達五人と、その恋人を交えてわきあいあいと遊んでいた。
ある日友人Aは日産のテラノを親にもらった。
初めてのマイカーを手に入れた友人Aは、ある場所に肝試しに行こうと言う。
俺の地元で噂になっている恐怖スポット
「ホワイトハウス」。
そこに行こうと言う。
その洋館のオーナーは、事業に失敗して家族と無理心中したらしい。
その「ホワイトハウス」の中で。
俺は肝試しとか好きだ。
つまらない日常に下らない事でアクセントをつける小さな人間だからな。
いつもの五人はもちろん誘う。
俺とAと残りの友人二人は乗り気で行くと言う。
そんな中、友人Bは暗い顔で他の所にしようと提案してくる。
当然却下した。
この友人B、自称霊感体質なのだが、俺たちはいつも小馬鹿にしていた。
「シンナーでもやってんのか」
と言う感じで。
Bはかなり嫌がっていたが、強引にうなづかせた。
そしてその夜。
いつものメンバーと女二人。
計七人でホワイトハウスに行く事になった。
車を二台に分けて、俺達は山奥に入っていった。
峠道を進むこと約一時間。
先導していたAの車が脇道に入った。
こんな山奥の何も無い所に、本当に洋館なんてあるのか?
と思いながらも車を進める。
脇道を五分も進むと、それはあった。
門に絡み付くおびただしい量のつる。
その門の奥には、やはりつるまみれになってそびえている洋館があった。
見るからにおばけ屋敷だ。
その外観を見て、本気で萎縮してしまい、いきなり女二人が脱落しそうになった。
だけど一度やると決めたらやると言うのは俺とAの考えだが、俺とAは嫌がる女二人を強引に説得して洋館に同行させた。
そんな中Bは具合が悪いと言い出す。
ちょっと入ったらすぐ出るから、少しの間頑張れと言い、俺たちは屋敷の中に入っていった。
屋敷の扉の鍵は壊されていて、誰でも中に入れる状態になっていた。
だがいざ扉を前にすると、その存在感に圧倒される。
そんな時俺の中に妙な親近感があるのを感じた。
このドア何か初めて見る気がしない。
それと同時に、得体の知れない不安感が脳裏をよぎる。
その不安感は、単なる恐怖から来るものでは無く、もっと確信的なものの様に思えた。
だが、思い返す。
俺は単純にびびっているんじゃないかと。
友人達をここまでひっぱってきた以上、ここで尻込み出来るか。
俺のチャレンジ精神が、洋館の扉を開いた。
だがこれが間違いだった。
俺は後で思ったが、人間人生を有意義に生きて行くのなら、恐怖を「肌」で感じたら引き返せ、と言う事だ。
それまでの俺は、恐怖にこそ打ち勝てないで、後の人生のプラスになるか、と言う考えだったが、この事件で考えを改めささせられた。
扉を開けると真の闇があった。
あらかじめ用意していた懐中電灯を出した。
明かりをつけると、大きな階段が目の前にあり、中はカーテンやらなにやらが散乱していた。
壁には「白虎隊参上」とうちの地元の暴走族の名前がスプレーで書かれていた。
あの異様な外観の屋敷に侵入しているかと思うと、まるで巨大な化け物の口の中に入っていく無謀な冒険のようにも思えた。
友人達はしきりに「こえ~」ともらしており、Aに限っては彼女がしがみついてきついるのでニタニタしていた。
一見楽しそうな肝試しだが、そんな中、具合が悪そうな顔のBが口を開いた。
「マジ気配する、洒落ですまなくなるから帰りてぇ」
と言う。
次の瞬間、女二人がとんでもない叫び声をあげた。
俺たちもその叫び声に驚いて情けない声をあげてしまった。
半泣きの女二人を慰めて、Bに説教をした。
「十分恐いからこれ以上びびらせるな」
と。
そう言うとBはまだ何か言いたそうだったが押し黙ってしまった。
二階行こうぜ二階、と俺は言った。
ちゃんと隅々まで探険してこそ、ホワイトハウスと言う怪物に勝ったと言うものだ。
と言うのは当時ガキだった俺の、訳のわからないこだわりなんだが。
嫌がる女たちを尻目に、俺とAは階段を上った。
二階の割れたガラスが散乱する廊下を進み、一つ目の寝室、二つ目の寝室と覗いていく。
三つ目の寝室を覗いた時、それまで無言にしていたBの様子がおかしい事に気付いた。
「ううぅ、ぐげげげぇ」
と変な声を出し、前のめりに倒れた。
一瞬で一気にパニック状態になる俺たち。
女の
「いやあああああ!」
と言う声がまだ印象に残る。
「おい!B!起きろ!大丈夫か!」
とAが介抱しようとする。
Bはすでに意識が無く、泡ふいて白目をむいてた。
この暗やみ、人里離れた正体不明の屋敷の中で、友人が倒れた、そしてこれは演技では無い、まぎれもない現実だと一瞬で悟る。
Aともう一人の友人がBの肩を担いだ。
一刻も早くここを離れなければ。
俺の全細胞が、この場所にいる事を拒絶していた。
Bが倒れた原因を思うと、恐怖で頭がおかしくなりそうだった。
そしてその原因はおそらくまだ身近にいるのだろう。
俺たちがいつも小馬鹿にして聞かなかった事が、おそらくBが倒れた原因なのだ。
背後に感じる得体の知れない恐怖を感じつつ、俺たちは屋敷から逃げ出そうとした。
その時、Aが俺の方を見て止まっていた。
蛇に睨まれたカエルのような表情とでも言えばいいだろうか。
その瞬間、俺はある夢を思い出した。
ある屋敷に入り、誰かが倒れ、誰かが俺の方を見て硬直している夢。
夢はそこで終わりだ。
俺は確かに背後に気配を感じていた。
夢はその正体を見極めずに終わったが、振り返れば何もいないはずだと信じ、後ろを振り返る事にした。
本当に何もいなかったなら、この恐怖から逃れる事が出来ると思ったからだ。
そして俺は振り返った。
人間、そこにあるはずの無いものがあると想像を絶する恐怖に襲われる。
俺達以外の人間などいるはずも無い。
いたら入った時に気配でわかる。
だが、存在するはずの無いものが、俺の後ろにいた。
白髪の老人男性が俺の首に手を添えようとしていた。
首を絞めようとしていたかもしれない。
俺は唾を一回ゴクンと飲み込み、腰の抜けた状態で床をはいづりまわって逃げ出した。
人間本当の恐怖に遭遇すると声が出ない。
俺はそのまま階段を転げ落ちる様に下り、車まで逃げ出した。
友人達も無事に車に乗った事を確認すると、一目散にホワイトハウスから去った。
その帰りにBを病院に連れていき、その日は全員病院で一夜を過ごした。
次の日、Bの検査結果が出た。
過呼吸による意識障害とかそんな感じだった。
Bは首にアザがあった。
まるで首を絞められたようなあとだ。
それは医者もわからないと言っていた。
俺たちはあの日を境に過半数が鬱病と不眠症になった。
一人で眠れなくなり、明かりをつけていないと落ち着かない。
呪いと言うものとは違うと思うが、あの出来事があったおかげで、なにかしらの精神的なストレスを常時感じ続けるようになった。
いつも後ろにいるのではないかと不安で仕方ない。
まぁそれも八年前の事。
今となってはただの過去だが、俺たちの中であの話を持ち出す奴はいない。
たまに重い口を開く感じで言い出すが。
あんまり思い出したくないんだろう。
で、色々不思議な事が重なった出来事だった訳だが、あの夢は一体なんだったのかと今でも疑問だ。
友達には言っていない。
まるであの事件をネタにして遊んでいる、趣味の悪い奴と思われたくないから。