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交通量調査のアルバイトにて

2021/09/17

もう少しで1年が経とうとしている昨年の話だ。

11月も中旬を越えた日曜日の朝、私は交通量調査のアルバイトで自宅から電車で30分程離れた見知らぬ町の見知らぬ交差点でパイプ椅子に腰掛けてたんだ。

その日は晴れで朝のうちは肌寒かったんだが、昼にはポカポカ陽気になって羽織ってた上着を椅子の背もたれにかけるくらいだった。

交通量調査のアルバイトは経験があったし、拘束時間12時間で1万6千円のアルバイト料は魅力だった。丁度大学の講義の試験も重ならなかったので友人も誘ったのだが用事があるとのことで、結局一人で行くこととなった。

仕事の内容は非常に単純で車種を10種に分けて、カウントしていくというものなのだが、担当した交差点は交通量が早朝にもかかわらず結構多く、慣れるまで若干かかったのを憶えている。

私とペアになった人は、同じく大学生で眼鏡をかけた痩せぎすの陰気な感じだったので会話は必要事項以外はほとんどしなかった。

無言でカウントをもくもくと続けていると、だんだんと脳髄反射でボタンを押していくことを覚え始め、陽気も手伝ってぼぅっとし始めてきた。

車をずっと見ていると、ゲシュタルト崩壊というのか、例えば文字をずっと見ているとその意味がある瞬間理解できなくなるような感覚に陥るように、周りの事象が意識に溶け込んでくるようになってきた。

開始から3時間もたった頃だろうか、昼の休憩時間はまだだったので正午にはなっていなかったと思うが、ふと向かって反対側のガードレール脇の牛乳瓶とそこに添えられた萎れた花に目がいったんだ。

車道は2車線、計4車線をはさんで反対側だから結構距離があるので気が付かなかったが、確かに牛乳瓶に花が添えられているようだった。

直感的に、おそらくそこで人身事故があったのだろうとは思ったんだが、日中且つ交通量が多く騒がしかったということもあり特に気にはならなかったんだ。

ただ、3時を超えた頃だろうか、何故かだんだんと反対側のガードレールの方に意識が向く様になってきたんだ。

その頃はまさに陽気と単純作業で意識が朦朧としていたように思うんだが、周りの雑踏や目の前を通り過ぎる車両はまったく意識に入らず、まるでエアポケットに入ったような感覚だったように思う。

その感覚の中で、反対側のガードレールだけが妙にはっきりと見えていた。厳密にはガードレールの隣に立っている、黄色い交通安全帽子を被った、10歳に満たなそうな女の子に。

赤い上着と茶色のスカートを履いて、ランドセルを背負っている様だった。女の子の手は胸の前でランドセルの肩紐を握っているようだった。

日差しが強かったので顔の表情は帽子の影で窺がえなかったが、ずっとそこにいる様子だった、いやずっとそこにいたのかも知れない。ただ動くこともなくずっと立ちすくんでいた。

その時は恐怖はなく、ただ不思議に感じていたのだと思う。見回りに来た責任者に声を掛けられた時に、不意に雑踏が戻り現実に戻されたような気がしたのを憶えている。

カウントに集中し始め、ふと反対側をみるとさっきの女の子はいなくなっている。気のせいだったのかとも思ったのだが、しばらくするとやはり女の子がいるようだ。

意識を集中して女の子を見ようとすると見えなくて、ふと何気なしに反対側をみると赤い服と黄色い帽子が目に入るといった感じだった。

ペアの眼鏡くんにもそれとなく女の子が見えるか聞いてみたが、どうやら彼には見えていないようだった。

女の子も動かず、また日も高かったし、距離もあったので恐怖というほどの感情は芽生えず、ただ不思議だなぁ、気味が悪いなぁとしか、その時は感じていなかった。

が、日も暮れて夕闇が迫る頃になっても女の子は立ったままで動かない。日も完全に暮れて車のヘッドライトが交差点を照らすようになっても女の子はまだ動かない。むしろヘッドライトの強い光で鮮明に見えるようになったようだった。

アルバイトも残すところ30分と切った20時前、あいかわらず交通量は多く、ヘッドライトと騒音の行きかう中、ふとした瞬間、ヘッドライトが女の子の顔を照らしたんだ。

はっきりと見えたんだ、女の子の顔が。真っ白な顔に真っ黒の空洞のような目でした。その時、耳元で「おうち帰りたい」って声が聞こえた気がした。初めて背筋が凍った。目を瞑って終了の時間が来るのじっと待っていた。

時間が来て、アルバイト料を受け取り電車に乗って帰宅したんだけど、下り電車で満員状態にもかかわらず恐怖が収まらなかった。目を瞑っても真っ黒な空洞のような目が頭に浮かんでくる。家に着いても友人に連絡する気も起きず、布団に包まって朝になるのを待っていた。

翌朝、ほとんど一睡も出来ず、疲労も取れないまま大学の講義に出席した。友人に昨日の話をするも誰も信じてくれず、なにか訴えたかったんだよなどと箸にも棒にも掛からないことを言われす始末だったのを憶えている。

その後、11ヶ月が経ったが別に霊障があったとかはないのだが、未だに黄色い交通安全帽子やランドセルを見ると真っ黒な空洞の目を思い出して恐怖が沸き起こる。

あの女の子の表情からは怒りや憎しみといった感情はなかったように思うが、ただ表情をみた瞬間に異世界に突き落とされたような言われもない恐怖を感じたことは事実だ。

表現し難いのだが、生と死の境界を見たような、単に恐ろしいものを見たというだけでなく、精神の根源から恐怖するような感じだった。

以上、拙い文章で申し訳ない。

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