夜叉苦
2020/07/23
学校恐怖呪い神社人形病気聞いた話井戸恨み不気味葬式戦争埋葬坊さん祖母霊媒師疫病
今年、自分の地元では過去に前例の無い大雪が降って建物とか畑のハウスが幾つも倒壊した。
その中で共選所も倒壊したのだが、そこには御宮というか神様を祭っている建物と、災害時の集合等にも使う広場がある。
今回の大雪はあまりにも積雪量が多く、とても個人では除雪できるレベルではなかったために、地区の区民はこの広場に一端集まって話し合いをすることになった。
集まったみんなで共選所は潰れてしまったけど、御宮は潰れなくてよかったねと話をしていたのだけど、奥の神様のやしろを確認をしようということになった。
御宮は数人が座れる程度の小部屋と、その奥に中庭のようなものがあって、その先のやしろ神様が祭られている。
この神様の由来は私がまだ小学校低学年の頃に曽祖母に聞いた事があった。
近所にYさんと言う家系の家があるのだけど、そこの家の人が旅の坊さんに宿を貸したらしい。
その間に坊さんは木彫りの神様を彫って、お礼としてYさんの家に置いていった。
その頃の私の地区はお世辞にも裕福と言える環境ではなかったが、なぜかその神様を頂いた
年から天候等の色々な環境に恵まれて農家としては十分な暮らしができるようになったらしい。
それから、環境に恵まれるようになったのは、その神様のおかげでは無いのか、と言う話になって現在のように祭られるようになったのだと聞いていた。
(この話が違うということは後でわかるのだが)
そのような由来のある神様を確認するため、雪かきをしなが御宮までたどりつき神様の建物を見に行くと残念なことにやしろは完全に潰れてしまっていた。
しかし、統計では8割とも言われているほどハウスの損害を出した後のため、「潰れてしまったね」と言う程度で、また立て直せば良いやと言う雰囲気になっていた。
神様だけでもと、神様を潰れたやしろの中から探していたのだけど、やしろの中から黒ずんだ麻袋のようなものが出てきた。
神様の祭ってあった建物の中は、「見てはいけない」と言う仕来りになっており、見ることができるのはKさんという御爺さんのみだったので、どのような状態で保管されていたのか明確でなく、「この中に神様が入っているのかな?」と言う話をしていた。
中を見ようとしていると、別の人が、「木彫りの神様が出てきた!」というので見てみると、たしかに古い木彫りの人形のようなものがが手にあった。
古いものためか真っ黒になっており、大きさが30cm程度のものだったが二つに割れていた。
その神様と、黒ずんだ袋を持って広場に戻った。
地区の人にその二つを見せていると、Kさんが広場についた。
Kさんは90を過ぎるお爺さんで、神様とは決められた一人しか会えない決まりになっており、昔は神社(今回の神様とはまったく関連のない神社)で神主んをしていたKさんがその役割をしていた。
Kさんは、小さい頃に近くの村から数人で越してきていて、そのときには、既に廃村になっているところをKさんの父親を含む数人で畑を耕して、いまの状態まで発展させたらしかった。
それ以前の村が廃村になった理由は「厄災」だと聞いたことがあった。
Kさんに神様を見せると、二つに割れていたことに異様なほど怪訝な表情をした。
次に黒ずんだ袋を見せようとすると、Kさんはギョとした表情をして、驚いたような怒ったような感じで「どこからそれを持って来た!」と叫んだ。
普段はとても穏やかなKさんが叫んだので、そこにいた人がみんな驚いていたけど、「神様と一緒のところにあった」と説明をした。
しかし、Kさんは納得せず、袋を見つけた場所で説明することになった。
再び神様が祭ってあったところに戻って説明ていると、建物の土台の下にあった板をKさんが剥がそうとしだした。若い人達で手伝って板を剥がすと、その下には深い空洞があった。
底は暗くてよく見えないが、古い井戸のようだった。
Kさんに、この井戸は何なのか聞いてもKさんは「なんで今頃になって、、」みたいなことをブツブツいってなかなか話にならなかったが、しばらくすると「もはや黙っている訳にはいかない」と、その場所については話を始めた。
Kさんはもう自分も長くは無いし、過去にあったことは伝えるべきかもしれない言っていた。
Kさんが越してくるよりも、さらに十数年か二十数年前の事になる。
その頃は戦争のからみもあってなのか、大人になる前に亡くなる子供も多かったため、子供が一人二人亡くなっても困らないように数人~10人もの子供を作るのが一般的であったらしい。
だが、この村では健康な子供が多く、ほとんどの子供が健康に育った。
本来なら良いことであるのだが、ここで困ったのが食料不足。
わずか十数軒の小さな村に子供が60人以上もいたというのだから、当然の結果かもしれない。
しかし、生き残るには食い扶持を減らす以外に無かった。
村で話し合いを行ったが、1家に子供は2人まで。
2人の子供を残してあとは間引きするという恐ろしい結論となってしまった。
だが、時代が時代とはいえ、そんな数十人規模の間引きが許される訳もなかったし、どうしても亡骸は残ってしまう。
それでも生き残るには他に道がなかった。
数人ずつ間引いては火葬場で骨にして、当時は複数あった井戸の一つに骨を捨てた。
なぜせめて埋葬しなかったのかはよくわからない。
最後の子供のお骨を捨てたあとに井戸に蓋をして悲しい間引きは収束した。
それからしばらくの年月が流れた頃に、地区では疫病が流行り病となった。
感染するのは子供ばかりで、一人また一人と亡くなっていった。
地区では「間引きした子供の呪い」との噂がささやかれ始めた。
まだ生き残っている子供の親に、元イタコと言う霊媒師のAがいた。
Aがなぜ、この村にいたのかは不明だが、なにかに追われてきたと囁かれていたらしい。
Aは村の人を集めると、これは間引きした子供の呪いなどではなく、近隣地区の人が、自分たちを根絶やしにして、畑を奪い取るために呪法を使っているからだとと言った。
Aが言った呪いから守るための方法は、
「夜叉苦(この呼び名はKさんの記憶がいまいちはっきりしていない)」と言う、あまりにも残酷なものだった。
間引きを行った人達といえども、あまりにも残酷な内容なため実行はせず、とくに「霊媒師」や「呪い」などと言うまじないのたぐいのものは信じなかったらしい。
そんな時、一人の坊さんが宿を求めた。
坊さんが呪いをどうにかしてくれると考えたのかはわからないが、Nさんがしばらくの間、宿を貸したらしい。
坊さんは子供の少なさを不審に思い、Nさんに聞いた。
間引きを行ったことは外部には話しがたいことであったが、Nさんの家ではもともと子供が1人で、直接間引きにかかわっていないことと、坊さんと言う職業を信じてのことか坊さんに全てを話した。
話を聞いた坊さんは、「間引きを行ったことは許される事ではないが、生きていくための苦悩の末での選択だと思う」と言ったそうだ。
そして、木を彫って片手ほどの人形を作りだすと「井戸の中のお骨を全て埋葬し、井戸を蓋で塞ぎ、その上にやしろを立てて、この人形を祀りなさい」と言った。
Nさんは信心深い人だったそうで、地区の人にこのことを話し、言われた通りにしたらしい。
すると、疫病はうそのように無くなっていった。
村には平和な日常が戻ったようなのだが、もともと胡散臭い職業と、残酷な方法を言っていたAを村の村民は迫害した。
Aの悍ましい考えは、村民達自身もなにかされるのではないかと言う恐怖心から来ていたこともあるようだ。
迫害はAの子供にも影響した。
子供たちに苛められ、大人たちからも無視されたAの子供はふさぎがちになり、家から出てこなくなったらしい。
大人の中にも、子供を迫害するのはおかしいと考える人もいて、他の村民とは意見が対立し、他の村に引っ越していった。
その中にKさんの父親、Nさん、他2~3名がいたと言う。
それからしばらくしてAの子供が亡くなった。
病気によるものとのことだったが、Aは村の人に殺されたと考え、村の人間を全員呪い殺すと言い放ち、家の閉じこもった。
爺さんから、一度だけ聞いた話を記憶で書いてるから、へんなのは勘弁・・
それからしばらくして村では過去に発生したものと同じと思われる疫病が発生した。
今度は子供も大人も感染が広がったらしい。
だが、疫病は村限定で、他の村では感染が確認されなかった。
村の人はAの呪いの仕業だと考えた。
対抗手段を知らない村民はAに聞いた呪い返しの「夜叉苦」を行った。
その夜叉苦の結果にできたものが、あの「黒ずんだ袋」とのことだった。
Kさん自身は夜叉苦の正確な方法は知らないが、残酷な方法でAを殺し、袋の中にはAの体の一部が入っているとの事だ。
夜叉苦を終えた後、実際に疫病は収まった。
しかし、地区の人は次々と謎の死を告げていった。
地区の中では夜叉となったAの亡霊に殺されるところを見たという話が持ち上がっていたようだ。
それから数年のうちに地区に残った全ての人は亡くなったそうだ。
(この中にはKさんの母親も含まれていたらしい)
誰もいなくなった村の畑で、近隣の村に住む小さい畑しかもたない農家達が作物を育てようとしたらしいのだが、何故か作物はろくに育たない。
しかも村にいると鬼の形相をした老婆に襲われるという噂がたった。
この村で発生したことを知る人は、もともと村に住んでいた人しかいないが、良くないい事が起きたことは他の村の人間も気が付いており、不気味がって誰も近づかなくなった。
誰も近づかなくなってから幾つもの年月がたったころ、あの疫病から救ってくれたお坊さんがNさんを訪ねた。
Nさんは既に亡くなっていたが、Nさんの息子(婿になってYとなっていた)の元に訪ねてきた。
以前、Nさんが住んでいた家に再び訪れようとしたところ、
村には誰もいなくなっていたため、
気になってNさんを探していたが、Nさんに娘がいることを聞いて訪れたらしい。
Yさんは夜叉苦の話なども簡単にだけ聞いていたので、お坊さんに過去に起きた忌まわしい事件について話した。
それを聞いたお坊さんはとても驚いたらしい。
その夜叉苦で行った方法は呪い返しの類ではなく、呪い、恨みあらゆる負の感情を詰めた塊をつくり、その塊の近隣全てを呪おうとする「意志」であるとのことだった。
意志とはいえ、残酷な方法を行うことで負を呼びこみ、呼び込んだ負は別の負の感情を引き付けて増え続けるとのことだった。
今も地区で不可解なことがあるのであれあれば、「作った袋」は今でも存在している可能性が高く、対処しなければいずれ近隣の村にも影響が及ぶとのことで、Yさん、Yさんの近所に住んでいたKさんの父親、お坊さんで探しにいった。
袋は直ぐに見つかった。
あのやしろに供えられていたらしい。
やしろの中では、木彫りの神様に閉じ込められた間引きの負を、袋が取り込みさらにひどい状況になっていた。
そのまま、袋を燃やすなどしたら、その負は近隣に広まり、さらに惨劇を生むとのことだった。
そうしないためには、以前よりも強力な神様の人形で、袋を封じておくしかなく、それでも負の感情は100年以上は続くであろうとの話だ。
以前よりも大きい神様を彫り、袋は井戸の中に落として、その上にやしろを作り直し、神様を祭った。
こうすることによって、負は井戸の中に留まるとの事だった。
坊さんが言うには、神様が動かされたりすると負が漏れ出すので絶対に動かしてはいけないと言った。
この神様を守るため、Kさん、Kさんのお父さん、Yさんそして以前地区に住んでいた私の曽祖母が地区に戻ることになった。
それ以降、Kさんは神社の娘と結婚して神主となって、お浄め等を覚え、Kさんのお父さんがなくなったあとはKさんがやしろを見張ってきたと言う。
神様をつくった坊さんも、生きているうちは年に一度は訪ねてきたようだが、既に亡くなっている。
Kさんは年々黒ずんでいく神様を見て不安になりながらも見守ってきたとのことだった。
その神様が、今回二つに割れてしまい、しかも井戸に沈めてあったはずの袋が外にでてきた。
Kさんに話を聞いた後には、聞いていた一同が強い恐怖を感じた。
神様と袋はKさんが持ち帰り、その後何も起きていなかった。
しかし4月末にKさんが亡くなった。
お医者さんの判断で老衰によるものだった。
お葬式の後で、神様と袋が村の皆で気になっていた。
Kさんは既に身寄りもなく一人暮らしだったので、無断で家に入らせてもらったが、二つともどこにも見当たらなかった。
それ以降、何か不幸が起きた言う話しは聞いていないし、自分自身にも直接なにかあったということはない。
しかし、先月ぐらいから家から出て村の中にいると、鬼の形相の婆さんに見られているような恐怖心を抱くことある。
そして最近では自宅にいても、恐怖心が消えないようになってきた。
村の人も誰も口には出さないが表情が暗いような気がする。
この恐怖心は和らぐのか不安・・・
もちろん聞いた話の全てが事実だとは思っていないけど、全て嘘だとも思っていない。
古い話なので爺さんの記憶が変換されている部分もあると思う。
自分は文が下手なのでアレだけど、爺さんの話を聞いたときはとても説得力があった。
それと一度、自分がいる村が廃村になったのは事実として残っている。