ネット上に存在する不思議で怖い話を
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マウンテンバイク

2019/10/21

宮崎県に住むものなんですが先日かなりすごい集落を発見してしまいました
先週の土曜日に友人と2人で、サイクリングに行った時でした。
その日は、今まで行ったことのない方ない方へと道を進んでいこうということになったんです。
たぶん場所としては、青島から、北郷町あたりだと思うんですが
道がどんどん狭くなってきて、まず、舗装された道がなくなり、
電信柱がなくなり・・・と、どんどん山奥の方に入っていったんです。
2時間くらい入ったところで、道が、2手に分かれていて、一方が、なぜか立ち入り禁止の看板があったので、
何も考えずにもう一方の道に進んでいったんですが、それが間違いでした。
その時気づけばよかったんですが、そのときの私達は、散策に夢中でそんなことそっちのけでした。
だって、普通そんなところに看板なんて普通ないですよね。
数十分くらいたったとき、なんかとっても嫌な雰囲気を感じたんです。
友人もなんかやばいところに入って来てしまった、といっていました。
だって、着物(振袖)が、そこらじゅうに捨ててあるんです。
そこで、私達は、立ち止まったんですが、なぜか行ってみようということいなったんです。
そこからすぐでした。
ものすごく、というか、この時代にというべきかもしれないんですが、
廃墟のような家が、4軒あったんです。
これはやばいと思った私達は、引き返そうとしたその時、
かさかさ、と、おとがして、見ると、髪がぼうぼうのおばあさんが、こっちを見てました。
冷静さを失った私達は、逃げるようにしゅっぱつしたんですが、
後ろから、なんていっていいのかわからないような、声が聞こえてきましたが、
それどころじゃなく、アスファルトのあるところまで、一目散に逃げてきました。
本当に怖い経験でした。
今日、その友人ともう一度、そこにいってみます。
新しいことがわかり次第、報告します。
昨日は、先日帰ってきたほうから、向かうことになりました。
今回は、場所を明確にするため地図をもっていきました。
まず、椿山の方から、北郷町方面に向かいました。
椿山は、基本的に道は一本なんですが、のぼりが終わり、くだりが始まるといくつか小さな道が出てきます。
その中で、私たちが行ったルートは、くだりの途中で、川があるんですが、
そこをわたったすぐのところを川沿いに進むことになりました。
そして、かなりの獣道を行くこと40分、その間は、昼間だということもあり結構楽しかったです。
その後、急に川が小さくなり、とうとうなくなったあたりから、周りがうっそうとしてきます。
そしてそこから、25分くらい行ったところの左側です。
ここからが、問題の道なんです。
というのも、ここまでは、すごい細い道として、地図にも載ってるんですが、
この先が、書いてある地図はきっとないのではないでしょうか(未確認ですが)
その道に入るときすっごい勇気が要りましたが、
この前より早い時間だったことも私たちを助けてくれたと思います。
そこから、森の中に入ること10分くらいすると問題の分かれ道なんです。
とりあえず、立ち入り禁止の方じゃないこの前の集落の方に行こうか、ということになったんですが、
今回の二人のコンセプトは、
1:あの集落は、どういうものなのか
2:なんでこんなところに住んでるのか(不便なのに)
3:着物のなぞ
を追求しようということになっていたため、もしそこの住人と会っても、
今度は逃げずに、迷って入ってきてしまった風を装いつつ聞きこみをしてみようということでした。
そして、進むこと5~6分、着物がいっぱい捨ててあるところにきました。
この前はそれを見たとき、てっきり死体がその下にあるとばかり思ってましたが、そうではありませんでした、
でも、その着物は、どれもものすごく古臭く、汚くてここ最近の時代のものには見えませんでした。
しかも数は、遠くから数えたら、4枚でした。その中に子供サイズが一つだけあったのも怖かったです。
本当は、この時点で、もう怖くて引き返したかったんですが、
友人が、率先していこうとするので、ついていきました。
ちょっと開けたところにこの前ばあさんがいた家がまず一軒見えてきました。
そして、そこに近づくとその家には人が住んでないことが明らかでした。
中にはわらみたいな草を乾燥させたものや、木の破片みたいなものがありました。
そして、その次の家がすぐあるんですが、そこは、どうも人がすんでるようだったんですが、
人の気配がまったくなかったため、すごい近くまで行ってみると、大き目の窓があったんで、中をのぞいてびっくりしました。
ばあさんがいたんです。
怖くなって少し離れたんですが、どうも寝ているようでした。(死んではいなかったと思います、思いたい・・・)
かなり怖くて、私たちはまた逃げるように分かれ道のところまで戻りました。
そこで、しばらくの間、友人とどうしようか話した結果、起こすのはやめようということになり
立ち入り禁ずの看板の方に徒歩で、行くことになりました。
立ち入り禁止の看板の方を進んでいったんですが・・・ちょっと・・・・・・
こういうのって書いて良いのかちょっと嫌な予感もするのですが、、
とりあえず今のところ何もたたりのようなものがないので書いてみます。
看板(ちなみに、赤い手書きの文字で、立ち入り禁ずっとかいてあります)
の横を進むこと1,2分するともう一つ変な杭がありました、
でもその杭は落ちているという感じで、どう見ても元からそこにあった様ではありませんでした。
その杭には、上のほうの文字は消えかかっていましたが、
下のほうには、こう書いてありました、「~工事完了予定昭和65年6月」
・・・・・昭和って64年までしかないし、きっと63年か64年に始まった工事の杭なんでしょうけど、
どうしてこんなとこにあるのだろうと、ちょっと鳥肌がたちました。
その杭のところから5分と行かないところでした・・・
ああいうのって、なるべくなら見たくないもんでした・・・
人の名前が書いてある木の棒が刺さった墓がいっぱいありました。
しかもその墓の周囲には、詳しくないから名前まではわかりませんが、
綺麗な花が咲いていたのが、印象的でした。
立ち入りを禁ずの看板の意味がわかった気がしました。
見知らぬ人にこの聖域を荒らされたくないんだろうということだと思いました。
一番近くの墓の人の名前が、とても古臭い名前だったので、(公表はしません)きっとずいぶん昔からあるのだろうと思いました。
「今日は、帰ろう」という友人の声にはっとして、昨日は、かえってきました。
もちろん、手を合わせてきたことは言うまでもありません。
あのばあさんに話を聞いてみないことには、ここがどういうところなのかが、わからないので、今度確実に聞いてきます。
さっきやっと、仕事が終わりました。最近忙しいんです・・・
さて、その近くに住む林業を仕事としてる(仮に)Iさんに話を聞いたところ、
昔、Iさんの祖母から聞いた話をしてくれました。
まずその山の名前は、『家一郷山』といい、大昔の神話の時代から言い伝えのある神聖な場所だったらしく、
古来から山奥に山を神として崇める先住民族がいたらしいとのことでした、
その後その言い伝えを利用して、その山奥に逃げるようにして、入っていった平家もいたらしいんですが、
その先住民族によってその場所は守られつづけたという言い伝えがあるそうで、
そのIさんの祖母は、子供の頃、山で遊んでいて、その村とかにいったことがあったという記憶があるそうです。
そのころから、本当に少ない集落で北郷の集落とは一線を隔したものだったらしく、
北郷の人たちも崇拝していた民族がいたとのことでした。
その話を聞いて、私は、その場所は、その民族の名残の集落なのではと考えました。
この前、行ったときは、恐怖感が先に立ってしまい、見るもの目に入らず、みたいなものがあり、
もしもっとその集落の奥深くに進めば、その集落が、崇める何かに出会えたのかもしれません。
今日の夕方に行く予定なんで、その点について詳しく観察して、みようと思いました。
あと、卒塔婆についても・・・、
今から、友人の実家に行ってきます、まずいことになったんです。
そのことについても後で帰ってきてから書きます。
・・・書いていいのかわかりませんが、書かないではいられないので。
すぐ帰ってきます。
今日の6時半に出発したんですが、あの集落の入り口付近に到着したのは大体あたりが薄暗くなってきた頃でした。
もうだいぶ暗かったんで懐中電灯を持って(点けずに)森の中に入っていったんですが、
あの分かれ道のところに来た時あの立ち入り禁止の看板が無くなってたんですよ。
そこで気づいたんです。集落の方に明かりが見えたんです。
そこで、今日こそは住民の人に話でも聞こうと思ってたんで、友人が果敢にもぐんぐん進んでいったんですよ。
前来た時、家は4軒しかなかったと思ってたんですが、
その奥のほうにもう一軒山肌にくっつくように建物がありました。
その建物と、あと一軒、以前、老婆が居た棟じゃないところから明かりが見えてました。
この時点でわかったことは、この集落にはあの老婆だけではないこと、
山際にもう一軒ある建物はなんだか住居のようではないということでした。
この時点で私達は相当ちじみあがっていたんです、だってその雰囲気がとても怖いんですよ。
どうしようかと思いましたが、友人を前にして少しずつ近づいて行ったんです。
そしたらですよ、音に気づいて扉がザーって開いたんですよ、
これはやばいと思ってものすごい勢いで走って逃げたんですが(怖さに耐えられず)、
その時後ろの方で「わぁー、うっぁーー」と
なんだかわからない声が聞こえてさらに逃げて、分かれ道を過ぎ細い道まで出たんです。
そこで気づいたんですが、友人が居ないんです。
ものすごい自責の念と恐怖で、どうしようかと考えた後しばらく待ってみて
こなかったらやっぱり集落の方に戻ることにしました。
そして待つこと5~10分くらいでした。友人が帰ってこないんで、戻ることにしたんです。
分かれ道を過ぎたあたりで、友人がフラフラたらたら歩いてきたんです。
どうしたんだってきいても、ちょっとしたショック状態になってた友人は朦朧としていた。
友人を引っ張って自転車のあるとこまで行き、
友人に話を聞こうとすると、一言『もうやめたほうがいい』っていうんです。
なにが?って聞いたところ、『あそこは俺らが気楽に行っていいとこじゃない、あそこは神聖な場所なんだ』
そのあと、言葉もよくわかんねーばあさんにどつかれつづけたということでした。
そして、男に突き放されたといっていました。
友人は相当ショックを受けたらしくしばらくジョイフルで休憩し友人が落ち着くのを待って帰宅したんですが、
家に着いてすぐ電話してみると、友人の母から、友人が寝込んでるという話を聞きました。
まず俺が逃げた直後に友人は動けなかったらしいんですよ、
そして私が、逃げたことを知って、初めて我に返り逃げ出したんだけど、
まず、小さな男にぐぃっとつかまれて何かを言われたらしいんですが、
なにをいわれたかおぼえてないんだそうです。
それが友人のわかる言葉だったのかどうかを聞いたんですが、
友人が言うには、恐怖感でいっぱいだったし、錯乱状態だったそうなんですが、
自然とここには来るなといってる様だったといってました。その後逃げようとしたら、
婆さんが近づき棒のようなものでつつかれて、しまいにはその男に突き飛ばされたそうなんです。
そこで私は質問しました。その男は年はいくつくらいなのかと、
すると友人はひげをぼうぼうに生やして変な服を着ていた50代後半から60代くらいの男だったといってました。
変な服とはどんなのなのかを聞いたんですが、
それは浮浪者のような汚い服とは違っていたということしかおもいだせなかったんです。
そして、放心状態で立ち上がるとこの前行った墓があったほうに続く道(集落と墓をつなぐ道のこと?)があってそっちからまた違う婆さんが歩いてきたそうです。
その婆さんは友人の方をじっとにらむだけで何も言わなかったらしいです。
そこで、その婆さんは友人にはなにもいわなかったのに、友人はすごく辛い気分になったといっていました。
どうして?って聞いたら、その婆さんの目が、心に刺さるような目であったことと、
何かぐっと心がつかまれるように感じたといってました。
そんな話をしていて、ふと気づいたんですが、私が、ここに書き込んでから、
この集落に行った人が居たんじゃないかと思ったんですが、いないだろうか?
あの、立ち入り禁止の看板がなくなってることといい、友人の話からわかるように
住人が怒ってることといい、どうなんだろうということを友人と話してました。
あと、友人が聞いた言語のことなんですが、
私は、そこに元からあるような特別な言葉だったのではないかと考えました。
怒りをあらわにする時に自然にでる言葉ってそういうものの気がする。
しかし、そこの住人は、日本語がつかえるはずだと思います。
なぜなら立ち入り禁止の看板を書いたんですから、今日は無かったけど・・・

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