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若々しい母

2019/06/25

僕は一人で留守番していた。家族は親戚も含めて車で出かけていた。
朝からいやな予感に襲われていた。何かそわそわしていた。
僕は意味もなく家の中をそわそわと動き、昔使っていていた部屋、今は兄家族が来たときに寝るための部屋へ来ていた。
そこに別な理由で用が有り、何かを取りに来た。そこに携帯のタイマーが鳴り(これはセットしていたもの)、それを止める。
すると突然、その部屋にあった机の上のラジオが鳴り出す。何もセットしていないのに。
びっくりしたけど、それを止めようとする。電源を切っても止まらない。ラジオを止めてもテープが回っている。コンセントを抜いたらさすがに止まった。
ほっとして、僕は部屋を出ようとする。扉のそばでふっと僕は振り向いた。
そこには母がいた。出かけているはずの母。
今は60歳台も後半の母のはずが、すっきりと痩せていて若々しい母。30歳台後半くらいだろうか。母は昔よく着ていた美容室の仕事着を着ていた。(母は美容師)
母は洗濯物をたたんでいた。ちょっと前までは母も洗濯物も無かったのに。母は僕と目が合うとにっこりと笑った。そして突然こんなことを言う。
「○○、今度どこかいこうか?」
僕はすごくいやな予感に襲われた。
「そうだね。どこいこうか?久しぶりに運動できるところもいいね。そうだ、前にすごく楽しかったスケートに行こうよ」
「それは無理かなあ。今日、動いていてとっても疲れたし」
「そう?じゃあ、どこにいこうか。みんなで食べにいって楽しかった、あの洋食屋さんは?」
嫌な予感はどんどんと膨れ上がり、何とかつなぎとめようとする僕。なぜか僕の視点は、10歳頃の自分に戻っている。
子供の頃のように、母に抱き付いて話している。(今はとてもじゃないけどそういうことはしません)
「ねえ、○○ってとっても可愛いね」と孫の話をする母。
「車の中でもすやすや寝ていてね。あ、そうだ、●●も寝ていた」
○○は孫、●●は今18歳の甥だ。この甥のこともかなり可愛がっていた。
「大丈夫かな。体がね、がっくんがっくんと、こうやって揺れていたんだ」
体をかくかくと揺する母。今思えば動きが妙におかしい。そのときは普通に見ていた。
「あのときそれが気になっていて、大丈夫かなって思っていたんだ。疲れたんだろうなって」
どきりとした。
「あのとき?」
「あのとき、おじちゃんも疲れていたんだと思う。後ろに私と●●と○○とで乗っていて、車が少しふらふらしていて、あっと思ったときには、」
突然大きな声で言い出す。
「みんなつぶれた。みんなつぶれた」
呆然と見つめる僕。怖くなかった。ただ悲しい気持ちだった。
「お母さん・・・」
「□□、これから一人でやっていける?□□は寂しがりやだからねえ。でも、もう一緒に居てあげられない」
「自分の心配しなよ。だめだよちゃんと家に戻らないと」
「もう無理。みんなぺちゃんこになってしまった」
淡々と語る母。目が遠くを見ている。
「・・・、・・・。だめだよ。僕は待っているんだよ」
「ごめんね。ごめんね」
はっとそこで気がつく。僕は一人でそこに立っていた。
「夢・・・?」
寝ていたわけでもないのに、振り向いたままそこに僕はいた。突然、携帯が鳴った。
『□□?落ち着いて聞いて。お母さんたちが事故にあった!』
「えっ!?」
2台で分乗していたもう一台の車に乗った、兄からの電話だった・・・。
『今は静岡県のなんとか病院にいる。おじちゃんが亡くなった・・・。ほかにも○○(兄の子)と、●●と母が乗っていたんだ。●●はもう・・・。○○と母はまだ息がある。今夜が峠だ・・・。すぐに来てくれ』
僕は慌てて病院へとむかった・・・。結果的には○○と母は意識が戻り、○○は大きな怪我をしたけど、その後も順調に育つ。
母もかなり危なかったが、今はもう元気に過ごしている。僕はあのときの、若々しい母と会ったことを誰にも話していない。
あのときの母。優しい、10歳くらいの僕を愛情たっぷりに見つめてくれる母の顔。
自分が事故に遭っているというのに、僕の前に霊となって現れ、その現れ方も洗濯物をたたむ姿で、仕事着で、言う言葉も人の心配ばかり。
おじちゃんと●●は残念だったけど、母と○○だけでも生き残って良かった。あの時、母はお別れを言いにきたのかもしれない。
でも、今生の別れにならないで良かった。今もあのときのことを思い出す。不思議と怖くなかった。大事な事柄なのだと、強くそのときに思っていた。
悲しい、もう会えないかもしれない。だから、全部覚えないと。

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