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ボックスの女性

2019/06/21

神奈川のある渓谷に友人宅があったんだけど、
彼の家はバス終着場の真後ろにあって、
トイレからバス停とその横にある電話ボックスが見える位置にあった。
対面には雑貨屋がある程度の本当に民家の少ない場所で、
今では水銀灯で林道も照らされているけど、
当時は夏場にキャンプに訪れる人が居る位のほかには、
週末にラリーに興じる連中がちょこっと訪れるくらいの
本当に寂しいところだった。
特に夜の暗さは半端じゃなく、
また林道も物凄く狭いうえに以前はガードレールもなく、
車の事故が相次ぐところでもあった。
で、公衆電話のボックスは友人宅トイレのまん前に位置し、
そのトイレの窓から1m以内の近さで、
小用を足そうと前を向くと、
話中の人がバッチリ見える位置関係だった。
でも、元々人気の少ない場所でもあり、
そうそう電話を使う人も居ないので、
何時も気にすることなく窓を開けていたそうだ。
そして10月も半ばを過ぎ、
山もそろそろ晩秋から冬の風景に移り変わる頃、
夜更かしした友人はトイレに立ち小用を済ませようとしていた。
用を足しながら窓から電話ボックスを見ると、
何時もは人の居ないボックスに、
一人の成人女性がコートを着て立っているのが見える。
その女性は道路側を向いてたたずんでいるので
顔は見えないが、綺麗なセミロングで、
電話を掛けずにただずっと立ち尽くしていたそうだ。
友人は当然変だなと思った。
午前零時を回り、
終バスはとっくに終わっているので
バス待ちである筈が無く、
付近に人の立ち寄るような場所もない。
でも、彼氏と待ち合わせでもしているんだろうと
勝手に納得し、部屋に戻っていった。
翌日、同じように夜更かしした後に
トイレに行くと、昨晩のように女性が居た。
昨日よりもじっと観察していると、
その女性は本当に身じろぎもせず、
少しうつむき加減でにじっとたたずんでいる。
ボックスのガラスに微かに顔が映っているので
それで確認すると、眼を伏目がちにして
寂しそうな面持ちである事が分かった。
「彼氏に振られたんだろうか」
そして思いつめてここに来たんだろうと想像して、
その晩も床についた。
そして、その次の晩も居るので、
こりゃあいよいよ只事じゃないような気がしてきた。
こんな人気の離れた場所に
毎晩女性がいるなんて尋常じゃない。
通り魔の現れないような山里としても、
やっぱり危険であることに変わりないし、
もしかして自殺に訪れ、踏ん切りが付かないまま
付近を徘徊しているかも知れないからだ。
友人は警察に連絡する前に、
自分で確認しようとトイレを出て、
玄関からバス停に向かった。
家の角を曲がりバス停の前にでると、
ボックスに女性の姿はない。
辺りを見渡しても付近には深い闇が広がるだけで
、誰一人居なかった。
多分玄関から人が出る来る音を聞き、
女性は急いで離れたのだろうと思い家に戻った。
明日はそっと家を抜け出し、
場合によっては保護しようと決めた。
翌日の晩、トイレの隙間から女性が居るのを確認し、
今度はそっと家を出てバス停に行く。
でも、今度も昨晩のように女性は姿を消していた。
「やばいな、そんなに人から避けようとしているのだとしたら、
相当思いつめているのかな。
やっぱり警察に任せようか」
そう考えながら家に戻り、
もう一度確認しようとトイレへ向かい、
ついでに用を足そうとした。
「やっぱり居ないや」
彼はスエットに手を掛け
下を向いた瞬間凍りついた。
窓の外には居なかったのに、
トイレ下の開かれた明り取りから
女性のヒールを履いた足が見えたからだ。
しかも今度はボックスを出て、
トイレの壁を挟んだ真ん前に位置し、
つま先が自分の方を向いていた。
「えっ?えっ?どうして何で?」
彼は上と下を交互に見ながら、
必至に答えを探そうとした。
その足はどう見てもちゃんと立っており、
中腰で上半身を隠しているようではなかった。
そして驚く友人に向かって
「ねぇ…」
と女性から語りかけてきたのだった。
だだ
「ねぇ……ねぇ……」
と聞くだけで、他のことは一切口にしない。
彼が
「何?どうしたの、警察呼ぶ?」
と聞き返しても、そのことには返事せず、
「ねぇ…」
とだけ続けていた。
困った彼は、やっぱ警察だと思った瞬間、
「ねぇ……(小さな声で)どうして……」
と言った。
友人はその声を聞いた瞬間、
トイレを飛び出すと警察に電話した。
そして玄関でパトカーが訪れるのを待ち、
警官が来ると両親も起きだしたので、
皆に事情を話した。
警官は概略聞くと、
付近を捜索して帰っていった。
その後、数日は
バス停の前で停車しているパトカーが認められたが、
その間もパトカーが居なくなった後も、
もう女性が訪れることは無かった。
俺はその話を友人から聞き、
やばいと感じた本当の理由を知った。
「あの声を聞いた瞬間怖気が走ったよ。
この世の声じゃないような気がする。
だってよ、最後の『どうして』は、
囁くような小声だったのに聞こえたのはな、
壁の向こうではなく、顔の目の前で聞こえたんだ」
友人は、その後トイレの窓は
締め切って入るようになったと語った。
この事件当時、俺は体験した彼とは全然接点がなく、
まだ友人ではなかった。
でも、この話を聞いて驚いた。
なぜなら、俺はバイクに乗り始めの頃で、
この渓谷にしょっちゅう走りに来ており、
バス停のところで例の女性らしき人物を見ていたからだった。
先にも言ったように、
電話ボックスと対面の雑貨屋にある
ジュースの販売機だけがぽつんと灯りを放ち、
後はただの闇になる。
数十分走って小さいトンネルにたどり着き、
半分切れかけた蛍光灯を見るまで一切灯りがないので、
そこで一旦停止して一息入れる為だった。
ある日、その停留場の横で何時ものように停車すると、
深夜の、しかも山奥の電話ボックスに女性が居たのを、
違和感も手伝ってよく覚えていた。
そして友人の語る時間、
時期、服装、女性の雰囲気が一致し、
同じ女性を見たと確信した。

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