にゃ
2019/05/13
夫の単身赴任で自分が一人暮らしだった頃、
近所のとある外飼い猫♂に異様になつかれた。
高価そうな首輪をした子猫だったが、
エサもやらない我が家に、夜毎に来ては爆睡していった。
そんなある冬、泊まりがけの出張中に予想外の大雪が。
猫が心配で心配で、大急ぎで家を目指した。
家に着いたのは薄暮れ時、
ドアノブは氷のように冷たい。
向こうに待つのは、一人きりの暗い部屋・・・
「猫は」と見回したら、
早くも「にゃ」と後ろで待っていた。
地面の雪に、一直線の足跡。
撫でようと伸ばす手を待ちきれないかのように、
猫は目一杯伸び上がって手のひらに頭をゴッチンスリスリ。
不意に幼児の姿が浮かんだ。
「おかーさん帰ってきた」
と、つないだ温かい手を嬉しくてブンブンする幼児。
「子供、いいかもなぁ」
何かがフッと灯ったように感じた。
選択小梨夫婦だったのだが、夫に
「子供をもってみないか」
と相談してみた。
そこから亀裂は始まった。
夫は
「契約違反だ、そんな人間は信用できない」
と。
休まず働き続けて家に収入を入れる条件だったと。
私は、件の猫を連れて家を出ることになった。
猫も成猫となって、
飼い主の引越しに置き去りにされたのだ。
一人と一匹の暮らしはうっすら温かで、
この大柄な猫はとても賢く優しく、
決して私に怪我をさせなかった。
しかし外飼い時代に猫白血病と猫エイズに感染しており、
そう長くは生きなかった。
猫を送った頃には、私もさらに年齢を重ねていた。
「ああ、また一人だ。これからも、多分」
そう思った。
薄暮れの道を、一人で歩いていくのだ、と。
その頃、動物好きな今の夫と出会った。
望外の妊娠。
夫は
「おお、生き物が増える」
と素朴に喜んだ。
無事に息子が生まれ、夫がつけた名前は、
さきの猫の名とよく似ていた。
(例えば、猫『タマ』息子『タクマ』のような)
夫は猫の名前までは知らず、「画数で」と言ったが。
タクマはもう幼稚園児になった。
お迎えにいくと
「おかーさん」
と大きな体で腕にぶらさがってくる。
先生によると、タクマはお友達にも決して乱暴せず、
誰かが泣いているとそっとついててあげるそうだ。
タクマがタマの生まれ変わりというのは無理があるし、
そうすると不思議な話でも何でもないのだが、
薄暮れの道に「にゃ」と現れた温いものが人生を変えた。