初めての道
2019/05/05
叔父から聞いた話。
三十年くらい前、叔父が車を買って、
ドライブの距離を徐々に伸ばしていくくらいの時期。
その日は海岸線を走っていたのだけど、海の風景に飽きて、
山の車線にハンドルを切った。
それから三時間、ずーっと山の中。
途中まではアスファルト舗装の二車線だし、
初めての道なのでなんとも思わなかったけど、
さすがに三時間も山の中を走ってると、
「この道、大丈夫なのか?」
とオカルト的に不安になってくる。
そう思って走っていると、信号が無いのはともかく、
文字や記号が一切無いのに気がつく。
道路標識だけでなく、
『この先何キロ工事中』
とか
『落石注意』
の看板なんかも全然無い。
とはいえ引き返すには走りすぎているから
前に進むしかないのだけど、
とりあえずガソリンと時間だけは
まだまだたっぷりあるのが救いだった。
さらに走らせて数十分、先の遠いところで、
ようやく人が歩いているのを見つけた。
あの人に道を聞こうとスピードを上げたのだが、
はっきり見えるにつれ奇妙な人だというのが判った。
遠目には夏服か?と見えていたのが寝間着にしか見えない。
ようやく近づくと、
両肩をだらっと下げたおっさんが、
多幸症のようにへらへら笑っていて、
目の焦点も合わずに歩いてくる。
一応隣になったら車を止めて、
「あの~」
と話しかけるのだけど、
全然こっちを見ずに歩みを止めない。
駄目だこりゃと思いつつまた車を進めると、
ようやく建物が見えてきた。
あの建物の人に聞こうと門を入っていったら、
サナトリウムっぽい看板が掛かっていたのだけど、
文字がよく読めない。
玄関につけて扉を開けて、
受付に若造が座ってたので挨拶したら、
なんか喧嘩腰っぽい態度で立ち上がってきた。
道を尋ねたら、しゃーねーなーとウンザリした口調で
「あの道をそのまままっすぐ進んだら町に出るよ」。
お礼を言って戻るとき、
「そういえば寝間着の男の人が歩いてましたけど、ここの人ですかね?」
と言ったら、
若造が真剣な顔になってちょっと考え、
「あ!」
と大声を出して、さっきの態度が嘘のように
「教えてくれて、ありがとうございました」
と丁寧に言ってきた。
車を動かすと、若造の言うように本当にすぐ町に出た。
ガソリンも時間も大丈夫なんだけど、腹が減ったんで、
すぐに目の前のラーメン屋に入ってラーメンを頼み、
新聞をみたら、とんでもなく遠くの県に来ていることに気がついた。
といってもラーメン屋の主人には
「すいません、ここ、○○県ですか?」
と確認することくらい。
(たとえば千葉県を走っていたはずなのに、青森県に来ていたとかの感じ)
まぁしょうがない。
食べ終えて帰りしな、
「そういえばあの建物って、療養所ですかね?」
と聞いたら、そんな建物は無いと言われた。
頼んで地図を持ってきてもらったら、
延々走ってきた道がない。
少なくとも『すぐ町に出た』の曲がり角が存在せず、
そこだけは直に確認した。
「まぁ、またあの建物を探しに行く気力はないねぇ」
で、気になるのは、あの多幸症っぽい男の人は、
若造に言ってよかったのだろうか?悪かったのだろうか?
あそこまで気が触れてしまっていたら、
(といっても叔父しか見てないのだが)
若造に内緒でこっちに連れてきても、
扱いは変わらないんじゃないだろうか?