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好きだった叔父さん

2019/04/21

小学生の頃、家に叔父さんが居候してた。
叔父さんは工場の仕事をクビになり、
家賃も払えなくなってアパートを追い出され、
やることもなく、毎日俺んちでゴロゴロしていた。
収入もなく、毎日安酒を飲んで寝てるだけの叔父さんだったけど、
甥っ子の俺のことは可愛がってくれ、
時々アイス買ってくれたり、釣りやクワガタ採りに連れてってくれたりして、
俺はこの叔父さんのことを好きだった。
叔父さんが居候しだして半年が過ぎた頃、
ある土曜日の雨の深夜、
親父と伯父さんが階下で言い争いをしてる声が聞こえた。
かなり激しい怒鳴りあいだったので、
聞いてたラジオを消し息を殺して聞いていると、
バタンとドアが閉まる音がして、
叔父さんがドカドカと階段を上がってきた。
げっ、俺の部屋にくんの?とビビってると、
隣の仏間の障子がピシャっと閉まる音がした。
俺はそっと布団に潜り込み、暫くドキドキしてたが、
いつの間にか寝入ってしまった。
翌日の日曜、俺の両親は店へ行き、
家には俺と叔父さんの2人きりになった。
俺は昨日のことは知らないふりで、
日曜の昼のテレビを見ながら、
母ちゃんが用意してくれてた唐揚げで昼飯を食っていた。
叔父さんが仏間から出てくる音がして、
階段を下りる音が続いた。
俺はちょっと緊張しながら、
「おじさん、おはよ~」
と言うと、叔父さんも、
「おう、なんや、美味そうやな」
と一緒にご飯を食べだした。
「ツトム(仮名)、飯食ったら釣り行くか?」
と誘われたので、
俺も子供心に叔父さんを慰めてやろうと、
「うん」
と同意した。
釣竿を2本持ち、仕掛けの詰まった箱をバケツに入れて、
俺と叔父さんは、いつも釣りに行く近所の滝つぼへ向かった。
滝つぼは前日の雨で水位が増し、コーヒー牛乳色の濁流が厚い渦を巻いていた。
「あんまり釣れそうやないね」
と俺が言うと、叔父さんも
「どうやろか、ちょっとやってみようか」
と応えた。
「こう言う時の方が帰って釣れるもんやけん。ウナギとか釣れるとぞ」
と言い、叔父さんは滝壺の方まで進んだ。
俺は、こんな奥やら行かんでいいのにな~と思いながらも、
言葉すくなに早足で進む叔父さんの後をついて行った。
「ここでいいか」
叔父さんは、滝壺手前の高い大岩の前で止まった。
「ツトム、この上から釣ろうか。ちょっと上ってみ」
と俺を持ち上げた。
俺が脇を抱えられ岩の上に這い上がると、
「どうや?水の具合は。釣れそうか?」
と叔父さんが聞いてきた。
俺は濁流が渦巻く水面を覗き込み、
「魚やらいっちょん見えんよ」
と魚影を探した。
暫く水面を見てた俺は、叔父さんの返事の無いことに気付き、
「伯父さん?」
と振り返った。
岩の下にいたはずの叔父さんは、俺の直ぐ背後に立ち、
俺を突き落とそうとするような格好で、両手を自分の胸の前に上げていた。
振り向きざまに叔父さんの姿を見た俺は固まった。
叔父さんは無表情で、力の無い目をしていた。
せみの鳴き声をバックに時が止まった。
俺は何も言えずに、叔父さんの目をただ見つめ返すことしか出来なかった。
汗が頬を伝い、身動きの出来ない体の中で、ただ心臓の鼓動だけが高鳴った。
伯父さんも手を下ろそうとせずに、ただ無気力な目で俺を見つめていた。
どれくらい見詰め合っただろう。
不意に叔父さんの背後の藪がガサガサと鳴った。
両者ともはっと我に返り、藪に目をやった。
見ると、近所の農家のおっさんらしき人が、
こちらに気付く様子もなく横切って行った。
俺は叔父さんの横を通り過ぎて、
「今日は釣れそうにないけん、俺先帰っとくね」
とだけ言って歩き出した。
滝から少し離れると、
俺は弾かれたように全速ダッシュで逃げた。
振り返るとあの目をした叔父さんがすぐ後にいるような気がして、
俺は前のめりになって全力で走った。
大分走ったころ、自分がボロボロ泣いていることに気付いた。
俺は家に帰らず、両親のいる店へと向かった。
当時定食屋をやってた両親の店で、
俺は両親が店を終わるまで過ごした。
伯父はその日帰ってこなかった。
翌日の夜に親父が警察へ届け、数日後に水死体で見付かった。
俺は滝壺であったことを一切語らず、伯父は一人で釣り中の事故で片付いた。
俺が持ち帰った仕掛け箱に、叔父さんの字で書かれたメモがあった。
それには、『ツトムを連れて行く』とだけ書いてあった。

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