マウスの飼育
2018/12/05
某研究所の実験動物棟で働いていたときの話です。
仕事内容は動物の世話/実験室の掃除/滅菌処理/実験補助等。
自分がいた実験動物棟はクリーン動物(マウス)を飼育している棟で、
入室には無塵衣という、塵の付きにくい全身を覆うタイプの衣に着替えます。
むき出しの部分は顔と手、足だけの服です。
滅菌マスクをし、手は消毒後、医療用手袋をつけます。
足は滅菌済みの靴下をはきます。
この状態だと声、体型、目、眼鏡くらいでしか、人を判断できません。
その日、私は休日出勤に当たっており、
チャチャッと終わらせて帰ろうと思い、
急いで、クリーンエリアへと向かいました。
扉の前には私たち実験補助要員のネームプレートと
研究員のネームプレートが掛かっており、
私は自分の名前の書かれたプレートをひっくり返し、
他に人がいないことを確認しました。
動物を扱うため、休日はローテーションで一人出勤があたりまえです。
また、研究員たちも、まず出勤する人はほとんどいません。
早々と無塵衣に着替え、エアシャワーを浴び、中に入りました。
クリーンエリアといっても色々で、通常、導線は
脱衣所→エアシャワー→廊下→各部屋(動物室/実験室)→廊下→脱衣所
まあ、簡単に書くとこんな感じです。
気圧調整もされています。
淡々と作業をこなしていき、作業も半ばに来たときでした。
「ゴゥーーー」というエアシャワーの音がしました。
私は
「あ、誰か入ってきたな」
と思い作業を続けたのですが、
しばらくして、おかししい事に気がつきました。
いくらたっても部屋に入る扉の音がしないのです。
普通、気圧調整された部屋に入るときは、
扉の上にあるダンパー(空気を逃がす装置)が
「カパーン!」と音がするし、
扉自体の音が「ガチャン!」と音がします。
一番遠くの部屋にいても聞こえる音です。
不思議に思い、各部屋を点検に行きました。
扉には小窓(のぞき窓)がついており、小窓には蓋がついています。
一部屋ずつ小窓を覗いていきます。
蓋を「カパッ」とあけ小窓を覗き、「パタン」と締め次の部屋へと。
全ての部屋を覗きましたが誰もいません。
釈然としませんでしたが、作業中の部屋に戻りました。
作業はマウスの戸敷を新しいものに変えるという作業です。
部屋にはケージと呼ばれるマウスを飼育するケースが、
ラックに並べられています。
ラックは一部屋に6個設置されており、
1ラックは4段の作りになっています。
1段に5ケース。
1ケースには1~5匹のマウス達が飼育されています。
かなりの数のマウスがガサガサゴソゴソ、
「チチチッ」(泣き声)など絶えず音がしています。
と、そのとき一瞬マウス達のザワザワが止み、
「パタン」という音が部屋に響きました。
扉についている小窓の蓋を閉める音です。
「!!」
「なんだ?!」
「誰か覗いていたのか?」
急いで扉を開け廊下を確認したのですが、
一歩道の廊下には誰もいません。
廊下には飼育室/実験室へと繋がる扉が均等に並んでいるだけです。
ドアの開閉の音も聞こえませんし、
「なんかやばいぞ!」と思い、
とにかく急いで仕事を終わらせました。
クリーンエリアを出てネームプレートの確認をしましたが、
"入室中"は自分のみ。
靴も確認しましたが、自分の靴しかありません。
おかしい。
確かに音がしたのに。
エリア外から中の廊下を覗ける場所があり、見に行きました。
「あれ・・誰かいる・・」
一本の廊下の左右に扉が並んでいる。
その廊下の真ん中あたりに人がいます。
廊下の突き当たりは壁。
反対の突き当たりは、今除いている壁+窓。
「あれは誰だ?」
無塵衣を着た人が、這っているのが見えました。
四つんばいで、身を小さくして、
ちょっと進んでは止まり、またちょっと進んでは止まりという感じです。
じっと見ていると、ソレの動きは止まりました。
そしてこっちを振り返りました。
私は反射的にお辞儀をしていました。
(エリア内では普通の挨拶の仕方です)
そして誰かを確かめようと顔を見ました。
無塵衣の空いている部分(顔の部分)、
マスクのせいで目だけしか見えませんが、
その目がおかしい。
目に何か生えている。
距離にして約30mくらい。
遠くてよく見えない。
よく見ようと身を乗り出した時。
ソレが凄いスピードでこっちに向かって這いずってきました。
四つんばいなのに滅茶苦茶はやい。
「うわっ!」思わず声がでてしまった。
2~3mまで迫ったとき、目に生えているものがわかりました。
それは注射針でした。向かって左の眼球に注射針が刺さっていました。
反対の目は、目元が糜爛(ビラン)しているようで爛(タダ)れていました。
その瞬間、ピョンとソレがジャンプして私に飛びつこうとしました。
私は目をつぶってしまい、恐る恐る目を開けたのですが、
壁(ガラス)にあたっているだろうソレは消えていました。
音もしませんでした。
ホットしたそのとき、女性の大きな声が!
「許さない!許さない!お前ら覚悟しておけ!*○×▼△!(聞き取り不可能)」
逃げた。私は転げるように逃げ帰りました。
職場の人にはこの話をしませんでした。
その後転職してしまったので、どうなったかはわかりません。
あれは何だったのか・・
ただ、目元の糜爛って、マウスがよくなる症状なのです。