空いていた部屋
2018/07/18
もう10年ほども前のことです。
盆の時期でした。
私は実家に帰省するために単車で東京から石川に向かっていました。
本来なら一日で到着する予定だったのですが、あちこち寄り道しているうちに夕闇に包まれ、やむを得ず途中で宿を取り、一泊して帰省は次の日にすることにしました。
そこは海沿いの町だったのですが、海水浴の時期だったこともあり、ほかの宿はすべて埋まっていて、その宿のその部屋だけが空いていたのです。
私は「運がよかった」と喜び、一日中運転をしていた疲れもあって、食事を取るとすぐに寝てしまいました。
そうしてしばらくは気持ちよく寝ていたのですが、深夜の3時ごろだと思います、足首にずんとした重みを感じ始めて眼が覚めました。
半分寝ながら、
「ずっと運転していたので疲れが抜けていないのだろう」
と一人合点していたのですが、かばんの中に湿布が入っていたのを思い出し、明日の運転に備えて張っておこうと考えて電気をつけるために上半身を起こしました。
すると、暗闇の中で、布団の上、自分の足首あたりに何かが乗っているのに気づきました。
不審に思って目を凝らしてよく見ると、それは中年の男の生首でした。
首は私と目が合うと、にやりと笑いました。
私は全身の血が抜けるような恐怖に襲われましたが、ここで狼狽すれば取り込まれる、と本能的に感じて、悲鳴を押し殺すと首をにらみつけました。
すると、首のほほがみるみるこそげていって、あっというまに白いどくろになりました。
そしてどくろはそのまましばらく私のほうをじっと見つめていましたが、次の瞬間ふっと消えてしまいました。
私はもう湿布どころではなくなり、布団を頭から被ると、ふるえながらひたすら朝が来るのを待ちました。
体中冷や汗でびっしょりでしたが、手足の一部でも布団の外に出しては危険な気がして布団の中にくるまり続けていました。
やがて布団越しに朝日を感じ、始めてほっとしました。
足に感じていた重みはとうに消えていました。
それから3年ほど経って、その町に再び寄る機会がありました。
そこで(もう泊まる気はありませんでしたが)、その宿に立ち寄って予約状況を尋ねてみますと、私が以前泊まった部屋はリストにありませんでした。
どうやら普段は使っていない部屋のようで、前回はほかの部屋が一杯なのでやむを得ず私をその部屋に入れたようです。
なぜ使っていないのか尋ねても
「従業員が使っている」
「痛んで使用に耐えない」
といった答えではぐらかされてしまいました。