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ニヤつく相棒

2020/12/05

駅前のコンビニで深夜バイトをしていた時、シフトがいつも一緒だった相棒との話。

偏見もあるが、経験上深夜のコンビニでバイトをやる奴は大体どこか変な奴が多い。そいつは吃音が激しく少しコミュ障気味だったが、だからと言って全く話せないということもなく、普通に馬鹿話も出来るようなやつだった。ただどんな時でもニコニコというより、引きつりながらもニヤニヤしているような不気味なところが少し気になっていた。

ある朝、深夜バイトが終わって家に帰ろうと自転車に鍵をさしたところで、タイヤがパンクしているのに気がついた。変な奴にイタズラされたなと、その日は仕方なく二つ駅を超えた実家まで電車に乗って帰ることにした。

改札を抜けると、そこに電車を待っている相棒がいた。そういえば相棒はわざわざ隣の市から電車で通っていたなと思い出し、方向も同じだったので、声をかけて一緒に帰ろうと思った。だが声をかけようと近づいた時、相棒の様子がいつもと違う事に気がついた。

冬だというのに額に汗を浮かべながら、ニヤニヤと何かを見つめているのだ。声がかけづらくなんとなく相棒の視線を追うと、反対側のホームに黒いパンツスーツのOL風の女性が立っていた。OL風の女性は眉間に深くシワを寄せ、相棒をにらみ返しているようだった。

早朝から変な男にニヤニヤ見つめられたらさぞ気持ち悪かろうと思い、俺は相棒に声をかけて窘めようとした。しかし相棒は視線をOL風の女性から外すことなく、自分の人差し指をなめ、その指をあろうことか俺の目の上になでつけてきた。

汚ねえ、とのけぞる俺の腕を掴んだ相棒は、それでも視線をOL風の女性から外すことなく、顎でOL風の女性の方向を見るように俺に促してきた。訝しみながら視線をやった俺は、思わず唾を飲み視線を逸らしてしまった。そこには薄汚れたスーツを着た丸ハゲの女が裸足で立っていたからだ。口の端に泡になった唾を貯め、歯をむき出しにして睨む女は、どう見ても普通じゃなかった。

黙って下を向いている間に、上りも下りも何本か電車が通り過ぎた。そうして暫くすると、相棒が俺の肩を軽く叩いた。見れば女の姿はすでになく、駅には通勤客が電車を待っているごく普通の風景になっていた。
もう大丈夫だから、と言った相棒は、駅のベンチに座ろうと持ちかけ、言う通りに俺がベンチに腰掛けると、相棒持参の水筒の水を飲むように言ってきた。水筒の水は果汁のジュースを物凄く薄めたような味がした。

「あれ、なに?」
一息ついた俺は相棒に尋ねた。
「な、なんて言えばいいのかな。難しいな」
「幽霊?」
「に、似たようなもん、かな」
「いやー、マジでびびったわ。俺初めて見たよ、幽霊」
「そ、そうなんだ」
「なに、朝とか関係ないんだ。夜だけだと思ってた。あれか、人身事故で死んだ女の幽霊とか?あれ」
「ちょ、ちょっと違う」
「つーかなに、お前見える人? すげーじゃん。TV出れるじゃん」
「や、やな事しかないよ」
「あれ、つーか俺も見えたじゃん。俺も凄くね」
「ご、ごめん」
「ごめん? なにが? 超能力者じゃん俺ら。お金稼げちゃうよ。この力」
「ち、力じゃない。ひ、開いちゃっただけ」

「なんだよー、テンション低いなー。マジでTVに売り込もうぜ。俺ら。超能力コンビでさ」
「さ、詐欺師に住所氏名がバレて嬉しい? お、同じ事だよ」
「は?」
「み、見えちゃうと寄ってくるよ。た、対処できる? お、俺は対処できなくて、小さい時に声を盗られたよ。だ、だから、い、今でも、う、うまくしゃべれない」
「マジ?」
「よ、よくあるんだ。俺の近くに長くいると感染するみたいに、ひ、開いちゃう事が。だ、だから同じ人とシフト組まないでくれって、て、店長に言ってたのに」
「え、マジなの? 色々やばいの?」
「さ、さっきのは特にやばい」
「え?」
「あ、あれ、元は多分生き霊。す、姿が生々しすぎるから。じ、人身事故にあったってよりも、こ、故意に人身事故を起こしてた女の生き霊。あ、悪意が喜びと混じってる。そ、相当性格がねじ曲がってるね」

「生き霊? 元?」
「じ、人身事故を起こしてた女の思念が、あ、悪意を核に独立して形になってる。も、元の女は精気を今でも抜かれてるけど、も、もうコントロールはできてない。せ、精気が流れ続けてる限り、あ、あれはどうやっても消えない。し、死人の念なんかより、よっぽど強い」
「え? もしかして、祟られた? 俺?」
「た、多分大丈夫。あれ、か、髪なかったでしょ? い、一回、誰かに祓われてる。な、なんて言えばいいかな。女は、か、髪に霊力があるから、あ、あれだけなくなってると祟る力は少なくなる。だ、大分強引に祓われたみたいだね」
「OK、OK。弱ってるのね。うわー、びびったわ、マジ」
「あ、安心しちゃダメ。力はなくても、元々の行動、あ、あいつの場合は人を線路に落とすって事はできるし、ち、力がないから、お、俺たちみたいに開いてるやつから奪おうとする」
「やばい?」
「お、俺の場合は笑っておまえなんかなんでもないぞって威嚇したり、お、教えてもらった破邪の水を普段から飲んでるから、こ、これ以上近づかなければ大丈夫」
「さっき貰った水?」
「そう。そ、それに、ど、どっちかっていうと、あ、あいつがなにもしないように見張ってないと。だ、誰かが線路に引っ張られちゃうかも」
「見てるだけでいいの?」
「い、一度祓われたからか、か、かなり警戒してる。だ、だから、そ、それでも十分効果あるはず」

「俺は?」
「い、家に神棚か仏壇ある?」
「ない」
「う、氏子とか檀家になってるところある? そ、それかよく寄る神社仏閣」
「ないよ」
「じ、じゃあお手上げ。ち、近づかないのが一番。ここだけじゃなく、心霊スポットとかも、こ、これからは近づかない方がいいよ」
「実質放置かよ」
「ほ、他に方法がないもん。一度開いちゃたら閉じられないから、あ、後は対処するしかない。だ、だから言ったじゃん。や、やな事ばっかだって」
「マジか」
「だ、だから俺深夜のバイトしか出来ないんだ。ひ、昼間は仲間が多すぎるし、昼間だからって、あ、安心できないのは今わかったでしょ?」
「いやって程にね」
「し、深夜のコンビニなら同僚は少ないし、よ、夜でも人が比較的多いから、わ、悪いのが居着きづらいんだ」

「嘘でしょ? 俺どうすりゃいいの?」
「し、心身ともに清く、か、活力ある生活を心がけて」
「深夜のバイトしてるフリーターでそれは、無理じゃない?」
「よ、余計な災難に巻き込まれたくないでしょ? 頑張ってよ。だ、大丈夫。し、死人や生き霊よりも、い、生きてる人間の方が根本的にはよっぽど強いはずだからさ」
「訳わかんねえよ。なんなん、マジで」
「こ、これから一緒のシフトの時、い、色々教えてあげるよ。そ、そんなことより、い、家に帰ったら、し、塩で頭洗って」
「はあ? なんで」
「あ、頭。さ、触ってみて。ちょっと、あ、あいつとつながってる。よ、予想よりしぶといかも」
恐る恐る頭を触ってみると、長い髪の毛がごっそり指に絡みついてきた。
「そ、それ、あいつの毛。け、結構精気抜かれたかも」
そう言うと、相棒は大声で笑いだした。
「ほ、ほら、笑って。笑うのが一番手っ取り早いお祓いだよ」

引きつった笑いしかでない俺は、その時初めて相棒の引きつったニヤニヤ笑いの意味を痛感した。

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