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狐憑きと病

2019/06/21

昔働いていた病院で先輩に聞いた、
私が入る前の話。
神経内科もある内科病棟だったんだけど、
髄膜炎という名目で一人の女性が入った。
でも、検査では病気を示す値は
ほとんどでなかったらしい。
目は完全にいっちゃってて、
ずっとうなり続けていて言葉が通じない、
たまにしゃべると意味不明、
点滴を引きちぎる、拘束の紐も引きちぎる、
医者にも看護婦にも家族にも噛みつく、夜中に遠吠えする、
いきなり誰も追いつけないようなスピードで廊下を走り出す、
ベッドの上で正座したままとんぼ返りをする、
ともうむちゃくちゃ。
スタッフ全員、はっきりと口には出さないけれど、
『これはもう医者の領分ではないんじゃあ』
と感じていたそうだが、
医局長だけが
「あれは髄膜炎だよ」
と言い張り、
坊さんも祈祷師も呼ばれることなく
治療を続けたそうだ。
で、ある日突然、
文字通り憑き物が落ちたように正気に戻り、
あっという間に退院していったらしい。
後日、病院に挨拶に来たところを、
ちょうど私も見かけたんだけど、
着物着た上品そうな奥様で、
ぜんぜん聞いてたような気配はなかった。
もしかしたら本当に髄膜炎で、
治療が功を奏してよくなったのかもしれない。
でも、夜中にらんらんと光る目で、
「お前の背後に狐がおるぞ」
と言われてしまった先輩は、
挨拶されても、
引きつった笑いしか返せなかったそうだ。

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