木目さん
2019/06/11
昔、うちの便所はボットンだった。
タイルの床に、磨かれた木に囲まれた便所。
屈むと目の前に木目があった。
ちょうど目の高さになる木目、縦に長い木目が並んで二個、
その下に真ん丸い木目が一つ。
それがこの話の主人公だ。
ある朝、早く学校に行かないといけないのに、
その日に限ってう○こが出ない。
学校の便所でう○こをする=明日からあだ名は『う○こマン』。
それだけは避けたいので、力一杯踏ん張っていると、
『おいおい、大丈夫か?』
?
どこからともなく声が聞こえた。
トイレの外で誰か待っているのかと思って、
「ごめん、まだ時間掛かるかも」
と言ったが、返事はない。
そんなこと言っている場合じゃない。
もう一回踏ん張ると、
『これ、痔になるぞ』
声は目の前からした。
木目?
前から目と口に見えてた木目のコレ?
『落ち着いて踏ん張れ』
木目がしゃべった!?
それよりも遅刻、もしくはう○こマンになるのは嫌なので、
木目のアドバイス通り、一呼吸置いて踏ん張った。
すると不思議なくらいスルスルと出てきた。
もう遅刻寸前だったので、とりあえず木目に
「ありがとう!」
と一声掛けると、尻を拭いて急いで出た。
学校に着いて落ち着いてからよく考えると、
この体験が不思議なことだ、と認識した。
学校が終わるとすぐに家に帰り、トイレに入った。
座り込んで木目とにらめっこしたが、
木目はうんともすんとも言わない。
寝ぼけていたのかな?
その日は何事もなく、夜、木目がいきなり声を出して
怖がらせるようなこともなかった。
そして何日か経ったある朝。
やっぱりう○こが出なくて踏ん張っていると、
また木目がしゃべった。
『また詰まったのか?』
うん、出ない。
どうしたらいい?
「木目さん」
いつの間にか自分でも、『木目さん』と呼んでいた。
木目さんは、
『落ち着け。ゆっくり息を吸って、息を止めた時に踏ん張るんだ』
と優しく教えてくれた。
ちょっとダンディな声だったのを覚えている。
その日から、何回か木目さんと朝話しをすることがあった。
学校のこと、友達のこと、学校のトイレのこと等…
木目さんは優しく『うん、うん』と聞いてくれた。
家族は自分のトイレが長いことに腹を立てていたが、
自分は木目さんと話す貴重な時間を邪魔されたくないので、
ちゃんと朝早く起き、自分で仕度をしてからトイレに篭った。
小学校高学年になり、中学生になる頃には、
木目さんとはあまり話をしなくなった。
そして高校生になり、家を新築した。
もちろん便所は水洗で、お洒落な壁紙が貼ってある。
社会人になり、出勤前に便所に入り、
ふと木目さんのことを思い出した。
今でもきっと木目さんは、どこかの便所で出なくて困っている子供を、
優しく見守っているのかもしれない、と。