おとんを見た話
2019/05/15
おとんを見た話。
無駄遣いと言われても、喫茶店で一人でお茶するのが好き。
今時の『カフェ』といった洒落た店ではなく、いわゆる喫茶店が好き。
たいてい流行ってなくて、客が少ないのも好き。
古本屋で買ってきたばかりの短編集なんかを持ち込んで、
誰にも邪魔されずゆっくりとコーヒーをすする、至福の時間。
その日はウインナーコーヒーを飲んでた。
カプチーノとかラテとかじゃなくて、
生クリームがどーんと乗っかってて、シナモンの香りのする甘いコーヒー。
自分はこれが大好き。おとんも好きだった。
それをすすりながら、本の世界に没頭してた。
突然、キインと耳鳴りがして、その後、周りの音がスーっと引いていった。
貧血になったときと似てた。
でも頭はぼんやりしなくて、むしろ冴えわたってる感じ。
そして、店の一角が光り輝きだした。
向かい側のボックス席の隅っこに、おとんが座ってこっち見てた。
にこにこと笑ってて、しかも金色の後光まで差してた。
自分と同じように、コーヒーカップと文庫本を目の前のテーブルにのせて、
こちらにむかって微笑んでいた。
賛美歌でも聞こえてきていいくらい、天使のようなおとんだった。
生きているときは、ろくに風呂も入らない、酒飲みの汚いジジイだったのに、
光の効果なのか、なんか肌もツルツルで、この世のものじゃないキレイなおとん。
もうびっくりして声を上げたいのに、声を上げるどころか体も動かせない。
完全な静寂。
けど、不思議とまったく恐怖感は無かったな。
出てきてるのおとんだし。
なんか必死で、心の中でおとんに呼びかけたよ。
なんで突然死んでしまったんだとか。
仏壇に見向きもせずごめんとか。
お供え物のタバコ吸いまくってごめんとか。
今何読んでるんだとか。
死んでも大好きな読書ができてるんだな。
少し天使っぽくなっちゃったけど、変わりなくて俺は嬉しいよ、とか。
もう最後には言うことなくなって、心の中で
『おとん!おとーん!』
って名前呼び始めたら、おとんは満足したのか、
ふんっと笑って視線を文庫本に落として、それで消えてしまった。
ぷわっと消える前の電球みたいに、一瞬光って消えちゃったよ。
じわ~っと周りの喧騒が耳に戻ってきて、
後はもう何事も無かったかのように、周囲は平凡な喫茶店。
心拍も落ち着いてて、汗なんかもかかなかった。
ああ、おとんに会えたな~としか思わなかった。
邂逅の場としちゃ、墓前なんかよりよほどしっくりくる場面だったし、
おとんが現れたってことに、違和感を感じることができなかった。
いつかまた、おとんが好きそうなところで、
おとんが好きだったことに没頭してたら、
思いがけず再会できたりするんじゃないか、と期待してるのだけど、
まだ、おとんには1回しか会えてないです。