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金縛りもどき

2019/03/12

今でも、あの時のことを思い出すと寒気がする。
二十数年生きてきて、
たった一度だけ体験した「シャレ怖」。
上手く恐ろしさが伝わるかどうかが心配だが…
どうか、自分自身に置き換えて読んでみて欲しい。
あらかじめ、長文スマン。
二年程前。
大学生だった俺は、
アパートで独り暮らしをしていた。
その頃俺は卒論の締め切りに追われており、
その日の前の晩も友人宅に泊まり込んで
情報交換&ワープロ打ち、朝から大学の図書館で調べ物。
自宅アパートに帰ったのは昼前だった。
帰宅した俺は、部屋着に着替えると、
そのままこたつに潜り込んで横になった。
帰り際にコンビニで弁当を買ってきてはいたが、
眠気が勝って食べる気がしない。
俺は手探りでラジカセのリモコンを探し、
入れっぱなしにしてあったCDを小音量でかけた。
曲はハードロックだったが、
その時の俺には全てが子守唄に聞こえた。
…ふと、息苦しさを感じて目を開ける。
どのくらい眠っただろう。
CDがまだ終わっていないということは、
せいぜい一時間弱か。
さっきは子守唄に聞こえた音楽が、
酷く不快に感じられる。
ラジカセの電源を切るため、
俺は体を起こそうとした。
体が動かない。
今、急に動かなくなったのではない。
目を覚ましたときから動かなかったはずだ。
息苦しさを感じたのはこれが原因だろう。
だが、俺は別に焦らなかった。
正直、「またか…」と思った。
俺にとってはよくある事なのだ。
疲れていたり、眠りが浅かったりすると、
決まってこの「金縛りもどき」にかかる。
決して霊的なものではない
(と自分では思っている)。
勿論、初めてかかった時は恐怖を感じたし、
枕元に幽霊が立っていて、俺を見下ろしているのではないか、
などと怖い想像もした。
でも実際にそんな事は一度もなかったし、
闇雲に体を揺すったり大声を上げたりすれば、
体は動くようになることを長年の経験で知っていた。
そのまま眠ってしまおうか、とも考えた。
が、やはり気持ちのいいものではない。
俺は「金縛りもどき」を解くため、
体に力を込め始めた。
音が聞こえた。
パッタ、パッタ、パッタ、パッタ…
横たわる俺の、左にある壁の向こう。
そこにあるのは、アパートの階段だ。
俺の部屋は、アパートの中央に位置する階段の真横にあった。
鉄骨造りのため、よく音の響くアパートだった。
誰かが階段を上り下りすれば、
その音はダイレクトに俺の部屋に響いたし、
それが俺の不満でもあった。
…随分音が軽い。
ビニールスリッパでも引っ掛けているような足音。
上っているのか下りているのかは、
ちょっと分からない。
ただ、妙に軽快に、一定のリズムで、
その音は続いていた。
だがその時は、
そんな音に注意を払っている場合ではなかった。
なにせ、「金縛りもどき」と格闘中なのだから。
俺はまず手から自由にしようと思い、
指先に全神経を集中させた。
…よし、動くぞ。
次は腕全体だ。
パッタ、パッタ、パッタ、パッタ…
「その音」は、依然として続いていた。
そこで、俺はふと気が付いた。
「………ト……イ…………ル……ョ……」
…何か言ってる。
小さくて何を言っているのかは聞き取れないが、
確実に何か言ってる。
パッタ、パッタ、パッタ…
「音」と「声」は、絶え間なく続く。
その時になってようやく俺は「気味が悪い」と感じ始めたが、
様子を見に行くにも、体が動かなくてはどうしようもない。
俺は目を見開き、
「金縛りもどき」を解くことだけに集中しようとした。
パッタ
一瞬、心臓が縮みあがった。
さっきまで階段から聞こえていた足音が、
突然、すぐ近くから聞こえたのだ。
パッタ、パッタ、パッタ…
俺の部屋の前…?
間違いない。
俺の部屋の前を、
あの足音が行ったり来たりしている。
そして、やはり何か言っている。
何事か呟きながら、軽快に足音を鳴らしている。
さっきとは比べ物にならないほどハッキリと、
「音」と「声」は俺の部屋に流れこんでくる。
いつの間にかCDは終わっていた。
耳をすませば「そいつ」が
何を言っているのか聞き取れそうだ。
俺は「聞きたくない」と思った。
本能的にそう感じたのだ。
だが、声の断片が耳に流れこんでくるにつれ、
自然と意識がソレに集中してしまう。
何だ?何を言ってる?
…男の声だ。
歳は、俺と同じくらいか…もっと上か。
はっきりとは分からない。
だが、これだけは断言できる。
子供ではない。
あの声は、絶対に 子 供 の 声 で は な か っ た。
にもかかわらず、「そいつ」は抑揚のない声で、
軽快に足音を鳴らしながら、こう言っていた。
「…る、ち・よ・こ・れ・い・と、ぱ・い・な・つ・ぷ・る、ち・よ・こ・れ・い・と、ぱ…」
子供がよくやるアレだ。
ジャンケンで勝ったら前に進める、という遊び。
グリコ・チョコレート・パイナップル(地方によって違うかもしれんが)。
しかし大人が、しかも一人でどうやって?
全身に鳥肌が立つのが分かった。
これは、ヤバい。
ただの変なヤツなのかもしれない。
でも、そうじゃなかったら…。
…玄関の鍵を、かけただろうか?
その事が頭をよぎった時、瞬間的に跳ね起きていた。
体はいつの間にか動くようになっていた。
ガタンッとこたつが音を立てて持ち上がる。
飲みかけの缶コーヒーが倒れて、
こたつ布団にこぼれたが、気にもとめなかった。
次の瞬間、立ち上がった俺の背後で、
狂ったような女の笑い声が起こった。
臓を素手で掴まれたような衝撃。
俺は反射的に振り返った。
テレビがついていた。
よく目にする女タレントが、
大口を開けてバカ笑いしている。
足元を見ると、
テレビのリモコンを踏んづけていた。
俺は、へなへなとその場に尻餅をつき、
玄関のドアを凝視した。
パタ

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