夜道
2019/02/13
俺の祖父さんが話してくれた話。
なんとなく思い出したから書いておく。
名前が清治ってとこから、
清じい、清じい、と呼んでいた俺に、
清じいは一度だけ奇妙な話をしてくれた。
数年前に亡くなるまで、
こんな話をしてくれたのは後にも先にも一度だけだった。
清じいには、小さい頃(確か7~8歳)に
病気で亡くなった2つ上の兄貴が居た。
当時、重い病気で余命わずかだった兄貴を、
俺から曾祖父さんにあたる清じいの親父は、
最期は自分の家で、
と言って自宅で看病していたらしい。
清じいは、兄貴がいよいよやばくなるまでは
兄貴の部屋で一緒に遊んでいたらしいが、
死期が迫った頃には
親父が部屋に入れてくれなくなったと言っていた。
そしてある日の夜、
兄貴は亡くなってしまった。
季節は夏で、もちろん冷房なんてない。
遺体が傷むのを嫌った曽祖父は、
最寄りの祭儀場まで兄貴を運ぶことにした。
清じいの家はほんとに田舎で、
車が通れる道がないような所に住んでいた。
なので、曽祖父は兄貴の遺体をおぶって行くことにし、
明かりもろくにない道なので、
清じいが懐中電灯を持って曽祖父と一緒に行くことになった。
懐中電灯で前を照らしながら、
兄貴をおぶった曽祖父と並んで夜道を歩く清じい。
静かな田舎道で、
夜はめったに出歩く人もおらず、
聞こえるのは虫の鳴き声と自分達の足音のみ。
無言で歩く2人。
曽祖父の顔は疲れきったような顔だった
と言っていた。
そうしてしばらく歩いていると、
前方に人影が見えてきた。
どうやら自分達と同じ方向に向かっており、
人影は自分達以上にゆっくり歩いていた。
特に気にもせず、
普通に追い抜いていくつもりで、
清じいは何となく人影の背中を懐中電灯で照らし、
ハッと息を飲んだ。
どこかで見た服装。
すぐに思い当たる。
それは今、
曽祖父が背中に背負っている兄貴と同じ服装だった。
清じい同様、
それに気付いた曽祖父は、
小さく鋭い声でこう言った。
曽祖父「照らすな、清治!」
慌てて懐中電灯を下げ、
明かりを自分達の足元へ移す清じい。
人影の歩みはこちらより遅いため、
段々と距離は近づいていく。
なんだか怖くなってきた清じいは歩くのを止めたかったが、
こちらが足を止めると、前方の人影も歩みを止めるに違いない、
となぜか分かった。
曽祖父も同じ気持ちだったはずだと言っていた。
段々と人影に近づいていく。
その背の高さは兄貴と同じくらい。
やがてその足元が見えてきた。
裸足だ。
舗装もされていない道なのに
足には傷1つ付いていない。
徐々に近づいていく。
半ズボンが見える。
知っているズボンだ。
緑の半ズボン。
裾が破けている。
シャツも見えてきた。
青と白の縞のシャツ。
兄貴のお気に入りのシャツ。
後頭部も見えて・・・
というところで、
曽祖父が清じいの肩を掴んで言った。
曽祖父「見るな!清治、見たらいかん!」
半ば“それ”に見惚れていた清じいは、
すぐに目線を落とした。
曽祖父が何かぶつぶつ言っている。
よく聞き取れなかったが、
どうやらお経のようだったと言う。
距離はいよいよ近づき、
清じいと曽祖父は“それ”と並ぶ。
横では曽祖父がお経を念じている。
清じいは見ないように、
見ないようにと自分に言い聞かせていたが、
並んだ瞬間、明らかに“それ”が
こっちを向いたことが分かった。
何か分からない、
ものすごい力を持った視線を感じた、
と言っていた。
やがて2人は“それ”を追い抜いた。
しかし清じいは、
そこからが本当に怖かったと言っていた。
追い抜いた、
つまり、今度は“それ”が後ろに居る、
という事実。
足音は聞こえないが、
確実に後ろに居る。
自分達のすぐ後ろを付いてきている。
こっちをじっと見つめている視線を感じる。
曽祖父は言った。
曽祖父「振り向くなよ、清治。
絶対に振り向いたらいかんぞ。」
後ろを振り向くどころか、
清じいには、もう横の曽祖父を
見ることすら出来なかったらしい。
なぜなら、その背中に背負っているものを見るのが怖かったから。
2人は長い田舎道を、
何かを後ろに感じながらひたすら歩いていった。
前方だけを見据えて、
早く人気の多い場所へ付くことを祈りながら。
いつ、後ろに居るものが自分の名前を呼びかけてくるか、
飛び掛かってくるかと、
びくびくしながらずっと歩き続けたらしい。
しかし結局は、呼びかけてくることも、
襲い掛かってくることもなかったそうです。
2人は無事に祭儀場に到着し、
兄貴の遺体を霊安室に預け、
家に帰りました。
清じいは、
帰り道にはなにも居なかったよ、
と言っていました。
“それ”ってやっぱり兄貴だったの?
と聞いても、
清じいには分からないようでした。
ただ、清じいはこう言っていました。
「あれからいまだに、
後ろに何かが居る気配が取れないよ。」
と。
そんなとき清じいは、
絶対に振り向かないようにしている、
と言っていました。