彼女がいないもり君
2019/01/16
友人のもり君には、彼女がいない。
もてそうな奴なのに、と不思議に思っていた
ある日、二人で飲みに行く機会があった。
気になってそのことを訪ねてみると、
彼は黙り込んでしまった。
聞いちゃいけなかったかなあと思っていたら、
家に遊びに来ないかと誘われた。
気を悪くしてないことにホッっとして、
僕は素直に申し出を受けた。
酔っていたから定かではないけれど、
アパートに着いたのは夜の1時前くらいだったと思う。
もり君は鍵を開けると、不思議なことを言った。
「中に入ったら内側から鍵を閉めるから、
この鍵で外から開けて入ってきて」
怪訝そうな顔をすると、
内側からかける鍵が壊れていないか調べたい、と言った。
僕はお安い御用と、
彼が中からドアを閉めた後から鍵を回して部屋に入った。
本当は、ここで彼がしようとしていることに気づくべきだった。
僕は部屋に入ると、
彼と再び酒を飲みながら話すつもりだった。
しかし、酒が水みたいに感じる。
僕は、なんだかその部屋にいるのが嫌だった。
胸騒ぎがする。
胃が浮き上がっているような感覚が止まらない。
こちらの気分が伝わったのか、彼の口調も重い。
僕は部屋に入ってからずっと気になっていることを、
彼に軽い調子で訪ねたかった。
だんだん、家に帰りたくなってきた。
彼の家に来てから30分もしない。
もう真夜中だから電車なんかない。
それでも僕は、家に帰りたくてたまらなかった。
それくらい、その家にいるのが嫌だった。
その時どんな言い訳をしたのかは覚えていない。
動揺していたんだと思う。
だから、彼が僕を引き留めないことにも疑問を覚えなかった。
僕は逃げるように、タクシーで家に帰った。
今思い起こせば、最初の鍵が問題だった。
あれの意味は、僕にドアを鍵で開けさせることにあったのだ。
鍵でドアから入り、最初に出て行くこと。
ついこの前、彼女が僕のアパートに遊びに来た。
そして、僕があの晩頭の中で彼に訴え続けた疑問を口にした。
「玄関のハイヒール、誰よ」
僕は、今夜にでも家に友人を呼ばなければならない。