害虫駆除
2018/12/12
あれは、俺が就職してから
1年位経った頃だったかな。
仕事になれて、
先輩とも気兼ねなく話せるようになって、
丁度ペーペー脱出したって頃。
俺は世間一般で言う所の
害虫駆除業者に勤めてたんだわ。
コレ言うと結構馬鹿にする奴多いけど、
誇り持ってやれる仕事だったよ。
自分で言うのもなんだけど、
生活環境を守る正義の味方みたいに感じてた。
駆除が終わった後にお礼言ってもらえると、
物凄く達成感があったし。
まぁともかく、そんな俺が体験した話。
俺らの仕事の半分かそれ以上は、
一般住宅じゃなくて
レストランだとか事務所だとかの駆除だった。
そうすると日中は人が働いてるわけで、
仕事時間は自然と夜から朝方になる事が多かったんだわ。
そんでもってその日は、
俺一人で居酒屋のネズミ駆除にあたる日だった。
こういう仕事って
普段は複数人でやるのが原則なんだけど、
その居酒屋の規模が小さい事もあってか、
初めて俺一人に任せてもらえたんだ。
一年間頑張ってきてやっと俺も認められたか、
って思って本当に嬉しかったなぁ。
2時くらいに現場入りして、
その店の店長に鍵を受けとる。
仕事が終わった後に自分で鍵かけて帰る訳だな。
誰も居ない店内、外はあいにくの雨模様だった。
1人残ってネズミ捕り用の粘着シートをせっせと設置。
何処にでも置けばいいって物じゃあないから、
一応気を使いながら50枚くらい設置し終わった時だ。
妙な音が聞こえてるのに気付いた。
遠くから聞こえる水道の音、という感じ。
何となく腕時計を確認すると
3時を廻った所だった。
一時間以上作業してたのに
今まで気付かなかったなんて変だな、
なんて考えながら音の発信源と思われる厨房に向かったんだ。
営業中は開けっ放しにしてあるだろう金属製のドア。
それを開けると厨房なんだけど、
俺は中々開ける事が出来なかった。
なぜなら、厨房に近づくにつれて
水音に混じって妙な物音が聞こえてきたからだ。
ごそごそって擬音が
そのまま当てはまるような怪しげな音。
泥棒か幽霊か、ってびびっていた訳だ。
それでも、
このままじゃ埒が明かないと思って、
一気にドアを開けた。
もし中に人がいたら
ビビって逃げ出すぐらいの勢いだ。
ドアが開け放たれた瞬間、
水音も怪しい物音もピタリと止んだ。
けど、真っ暗で何も見えない。
壁を手探りして蛍光灯のスイッチを押すと、
独特の音を響かせながら辺りを白く照らされた。
明るくなった部屋は、
ぱっと見では何の異変も感じ取れない。
左から右に徐々に視線を動かして部屋を注視した。
やっぱり特におかしなところは無い。
ただ、水道から僅かに水が垂れているだけだ。
10秒に一度程度のペースで、
水滴が落ちて空虚な音を立てている。
音の原因は別にあったのかもしれない、と思った。
蛇口を閉めようと近づいたその時、凄
い勢いでドアが閉まった。
何のことは無い、
自動的に閉まるタイプのドアだったというだけの話だ。
それでも俺は
口から心臓が飛び出る勢いでビビッた訳だが。
ほう、とため息一つ付いて蛇口をひねる。
小気味良い音を立てて水は止まり、
最後の一滴がシンクにピチャリと落ちた。
もう一度ため息をついて厨房を後にする。
仕事の続きをやんないとな、なんて思いながら。
先ほど勢い良く閉まった金属製のドアを、
力任せにグイと開ける。
黒い物が目に入った。
最初、俺はこんな所に
壁なんかあったかなって思った。
それがあんまり大きいから分からなかったんだ。
反射的に上を見て気付いた。
大きなドア枠の縦横にまだ収まらないほど巨大な、
長髪をばらつかせた黒衣の女だったんだ。
叫び声を上げる間も無く、
突然に辺りは真っ暗闇になった。
停電だ。
瞬間、俺はパニック状態になった。
逃げ出そうにも前には大女、
後ろの厨房は行き止まり。
情けない話だけど、その場にしゃがみこんで、
頭抱えて震える事しか出来なかったよ。
何分経ったときか、
もしかしたら一時間ぐらいしてからか、
蛍光灯が出し抜けに灯った。
恐る恐る前を見ると、大女はもう居ない。
ドアは開きっぱなしになっていて、
自動で閉まるタイプのものではないらしいと分かった。
ならば先ほど勢いよくドアが閉まったのは・・・・・・
再びぞっとしてしまう。
辺りを警戒しながら作業場へ戻ったものの、
仕事が手に付くはずも無い。
会社の車に乗って明るい繁華街へ行き、
そのまま夜を明かした。
車内のライトを全開にしてたもんだから、
バッテリーも上がってしまった。
後日、会社の上司にはこっ酷く叱られたが、
あの空間に居る事に比べたら何でもなかったね。
今も害虫駆除の仕事は続けてるけど、
別段おかしな体験はしていない。
でも、俺は今でも身の危険を感じてる。
何故って、写真を取るとたまにうつるんだよ。
枠一杯に、あの時の黒い壁が。