産めない
2018/12/02
この間、同じ職場のEさんという人が
退職していったんです。
彼女は30代後半。
色白で華奢でとても綺麗な人でした。
彼女は私と仕事をしている間に一回離婚して、
そしてその数ヶ月後に違う男性と再婚をしました。
(なので一回名字が変わった)
私はすごく親しくしていた訳じゃないんですが、
彼女が退職する時、昼休みにちょっと呼び止めて。
「そういえば、
どうして突然退職することにしたの?
再婚した旦那さんが転勤とか?」
「ううん、旦那は転勤はないの。自営業だから…」
「あ、もしかして赤ちゃん?おめでた!?」
そうだったら、
すぐにお祝いを言おうと明るく言ったのですが。
すると彼女の顔が途端に曇りました。
彼女は前の旦那さんと結婚していた5年間、
赤ちゃんが出来なかったようで、
もしかして離婚の原因も不妊が原因?
と余計な勘ぐりをしていたので
「あ…言ったらまずかったのだろうか…」
と自分の浅はかな発言に後悔したのですが…。
「ううん…違うの。
でもさ…よかったら聞いてくれる?」
返事をする前にやんわりと手をひかれて、
人の全くこない階段の下まで連れていかれてしまいました。
「今から言うこと誰にも黙ってて。
親にも友達にも相談出来なかったの」
以下、彼女が私の返事や相づちも聞かず、
俯いたまま独白した話です。
「前の旦那と結婚して…5年…。
実は私2回妊娠したことがあったんだよ…。
でもね、2回とも産めなかったの。
流産とかじゃなく、経済的な問題じゃなく
“産めなかった“の。
妊娠している時に夢を見たの。
もーすっごくリアルな夢。
それは誰かの視点なの。
私は夢の中で暗い道を歩いているの。
そうすると前方に女性が歩いているのが見えて、
私はそれにむかって突進していくの。
ドン!と音がしそうなすごい衝撃が起きて、
気づくと女性が倒れているの。
自分の手が震えているのがわかって、
見ると、血まみれの包丁が…。
それから、場面が変わって
私は誰かの寝室に入っていくの。
ベッドの上には誰かが寝ていて、
私は布団の上からその人のお腹を撫でるの。
女性はお腹が大きくて…妊娠しているんだというのがわかった。
どこかで…どこかで見たことがある。
寝ている人を見たことがある…と思ったら、それは私。
私が寝ているの。
夢の中の私は私のお腹の中にぐっと手を入れて…」
「え…?」
そんなことを明るい昼間の、
しかも会社の昼休みに突然言われて、
呆気にとられたのですが、彼女はかわまず続けました。
「そのままぐーっと中に入っていったの。
中は暖かくて、暗くて、
そしてすごく安心する気持ちがいい場所だった。
私はそのまま、夢の中で眠りに落ちたの。
誰かに守られているんだ、
という気持ちで安らぎながら…」
もうびっくりして言葉もありません。
彼女は私を見もせずに続けました。
「そんな夢を最初の妊娠の時に
何度も何度も見たのね。
でも場面はいつもいつも違うの。
誰かを刺し殺す夢もあれば、
開いている2階の窓から侵入して、
寝ている女性の首をしめて殺したこともあったし、
小さな子を連れ回して、
あげく川に突き落として殺したこともあった。
でも、必ず最後は寝ている自分の所へ帰るの。
自分の中へ…お腹へ入っていくの。そこで終わるの。
だから…最初の子は…旦那に黙って…おろしたの」
「で、でも…初めての妊娠でブルーになってたり、
ノイローゼ気味だったり…」
「そうかもしれない。
実は妊娠中の人達が集まるフォーラムに顔を出したり、
ネットでそういう事例がないか検索したりもしたし、
色々したんだけど、
あんまりにも、あの夢の自分がリアルで…。
肉を切り裂く血の匂いとか…
首をしめた時の手の感触とか…
突き落とした子供の髪の毛とか…気持ち悪くて」
「もしかして、それ、
2回目の妊娠の時も見たの?同じ夢」
「2回目は…もっともっとひどかった」
「まさか2回目も?」
彼女は黙ってうなずきました。
もーなんて言ってあげたらいいのかわかりませんでした、
私独身で子供もいないし。
妊娠中ってそういうことあるんじゃないのかな?
とか考えすぎだよ、とか。
そんな深刻になることないじゃない?とか。
大丈夫だよ~と、明るく笑ってみたり。
でも、彼女は暗い顔のまま俯いているだけです。
「だから…別れたの。
私と前の旦那の子…でなければ…
もしかして、と思って…」
「…そ、そんな…」
そこで昼休み終了のチャイム
(うちはチャイムが鳴る会社なんです)が鳴ったので、
彼女は“つとめて明るく“風に(ぎこちないけど)
笑顔をつくって
「もう大丈夫だと思うんだけどね、
相手が違えばきっと、と思うんだけどね。ねぇ?」
そうそう、大丈夫だよ、とか。
気にすることないよ、とか。
そんなような言葉しか
口に出来なかったような気がします。
次に妊娠する時は
もうそんなことないと思うよ。
とかなんとか。
そして彼女は退職していきました。
それが1月の下旬の話。
そして、昨日5月5日、
GWの最終日前、
彼女に偶然街でばったり逢ったんです。
久々に逢う彼女は、
なんだかますます色が白く、
華奢になった気がしました。
「久しぶり~!元気?
もーうちなんてEさんがいないから忙しくてさぁ~!」
あの時の彼女の独白なぞすっかり忘れて、
私は会社の近況を話そうとした時。
「Kさん…やっぱりダメかも…また見たよ。
今度はもっともっとひどかった…。
じゃあ、元気で。さようなら…」
汗ばむほど天気のいい日でしたが、
冷水を頭から浴びせられたようにぞーっとしました。