出る便所
2018/09/05
私の知人Uの体験談を書かせて頂きます。
夏、Uは友人4人と川魚を釣るため、渓谷のコテージに泊まる事になった。
コテージに到着し、管理所でコテージの鍵と調理器具一式を借りていると、管理所のオヤジが、話し掛けてきた。
「あんたら、釣りしに来たのかい?それとも、怪談話かい?」
U達は、「怪談話?」と思いながら、こう答えた。
「釣りだよ。まー、季節が季節だから怪談話もするかも知れねーな。」
オヤジは、更に質問してくる。
「酒は、結構持ってきてるのかい?今夜は飲み明かすのかい?」U達は皆、大酒のみで缶ビールをワンケースと焼酎を持って来ていた。
「あぁ。結構飲むと思うよ。でも、明日も釣りをするから、早めに寝ると思うけどな。」
その問いにオヤジは「・・・そうかい。ならまぁ・・」と答えた。
どうもオヤジの様子がおかしい。
U達は、気になり、
「なんだい?怪談話をして、遅くまで起きてると、なんかあるのかい?」
とオヤジに聞くと、オヤジは手の甲を胸の前で垂らし、こう答えた。
「いやぁー、男だけで泊まりに来るとなぁ、たまに出るんだよ。特に怪談話をしていると、出やすいらしい。それ目的で来る客も多いんだがなぁ。結構前になるが、知らないで泊まりに来た客が、見ちまってな。そんで、ショックでぶっ倒れちまって救急車で運ばれちまった。だから、一応忠告しておこうと思ってな。」
そして、オヤジは続けてこう言った。
「あんたら、見たいかい?」
Uは、「ちょっと見てみたい。」と思ったが、周りの4人は反対の意見だったようで、
「勘弁してくれ。見たくねーよ。」
と口を揃えて即答されてしまった。
それを聞いたオヤジは、
「そうかい。そうかい。見たくないかい。」
そう言うと、少し離れた高台にある小屋を指差した。
「ほら、あそこに小屋があるだろ。あれが共同便所なんだが、あそこで出るんだよ。何が出るかってーと、“手”が出てきよる。で、覚えておいて欲しいんだが、夜中に便所に行ったら、必ず便器をにらみ続けてくれ。」
Uは、「へぇ~」と興味津々で便所を見ていた。オヤジは更に話を続ける。
「便器をにらんでれば、その“手”は出てこない。少しでも目を逸らすと、“手”が出てくるからな。引きずり込まれないように、にらみ続けるんだよ。」
今まで怪現象の体験をした事がなく、幽霊等には興味津々のUだが、さすがに、「汲み取り式に落ちるのは、勘弁。」と思ったらしく、オヤジに「気を付けるよ。」と言い残し、管理所を離れた。
コテージに着くと、やはり格安だった為、単なる掘っ建て小屋で、便所は付いていなかった。
その日の釣果はそこそこで、持参した食材と釣った魚で飯を食い、あまった魚を肴に酒を飲み始めた。
ビールの利尿作用が聞き始め、Uの仲間4人は便所に行き始めた。
そして、便所から戻るたび同じ事を口にする。
「あの便所こえーよ。マジ出ても不思議じゃねぇー。」
Uは、4人の胆の小ささにゲラゲラ笑っていた。
当のUは、何故かその日は便所が遠く、もよおさなかった。
酒も入り、悪乗りしたUは、
「そんじゃー、そろそろ怪談話でも始めるか!」
と言い出した。
仲間の4人は、慌てて止める。
しかし、Uはそんな事お構いなしで、一方的に話し始めた。
Uが話し終わると、仲間の4人も観念したのか、それとも酔っていた為か、怪談話を順番に話し始めた。
一通り怪談話も終わると、「そろそろ寝るか。」という事になった。
ビビりまくっている4人は、床に着く前に「もう、あの便所には行かない。」とコテージの周りの草叢で立ちションをした。
しかしUは、寝る前も尿意は無く、結局1回も便所に行かずに寝る事となった。
深夜Uは、ふと目を覚ました。
起きた瞬間、半端ない尿意が襲ってきた。膀胱が悲鳴をあげている。
「やばい、洩れる!」と布団から飛び起きると、Uはコテージを飛び出し、洩らさないように内股小走りで共同便所へ向かった。
便所に飛び込み、引き戸を閉めた。
さすがに、これは恐い。
裸電球の明かりは揺れ、壁はシミだらけでシミと木目は人の顔の様に見える。
管理所のオヤジが言っていた事をUは思い出し、和式の便器をにらむ。
しかし、Uにはもう余裕がない。
一気にジャージとパンツを膝まで下ろし、膀胱に貯まっていた尿を排泄した。
「はぁぁ・・・。」
決して、オヤジが言ってた事を忘れたわけではない。
放尿の快感が、気を緩ませたのだろう。いつものクセが、出てしまった。
Uには、放尿中「はぁぁ」と息を吐きながら、うっとりと見上げてしまうクセがあった。
便器から目を離した事に気付き、「あっ、しまった!」と思ったその時。
まどろむ瞳に何かが、映った。
青白いモノ。女の顔?
Uは、「管理所のオヤジが、驚かせる為に、天井にお面を貼り付けたのか??」と思った。
が、その時、青白い“女の顔”の閉じていた目蓋は開き、ニタニタと笑った。
「あが、あが」
悲鳴をあげたい、なのに口は開いても、悲鳴が喉に詰まり口から外に出てこない。
尿が止まらない! でもジャージを上げなきゃ! そして逃げなきゃ!
右手はジャージを持ち、左手は引き戸にかけた。
「今だ、逃げろ!」と思った矢先、Uの見開いた目と青白い“女の顔”の白内障のような濁った灰色の瞳と目が合ってしまった。
「あっ」
0コンマ何秒の空白。
いきなり、青白い“女の顔”が、ところてんを押し出すように、どぅるぅんと垂れ落ちてきた。
Uの視界を青白い“女の顔”が塞ぐ。
Uの喉を塞いでいた悲鳴は、固形物のように吐き出され、左手は渾身の力で引き戸を開いた。
「あがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
Uは、獣のような悲鳴を上げながら便所から勢いよく飛び出した。
しかし、ジャージとパンツが膝の動きを封じ足が前に出ない。
Uは、そのまま高台を転げ落ちた。
朝、管理所のオヤジにUは起こされた。
起きたUは、下半身丸出し、ジャージはびしょ濡れ、そして共同便所から5mほど離れた所で倒れていた。
Uは、慌ててジャージを穿くと、オヤジは笑いながら、
「あーあ、あんだけ念を押したのに。あんた、見ちまったんだろ?」
Uは、がくがくと頭を縦に振り、
「あ・・あ・・あぁ、み・・見た!」
と答えた。
「そーか。まー安心しろ。俺も何回か見てるけど、その後、呪われたり恐い思いはしてねーからさ。」
とオヤジは言うと、手を差し伸べ、Uを起こし上げた。
立ち上がったると、体中打ち身や擦りキズが出来ているのか、ズキズキと痛んだ。
Uは、オヤジに、
「あれは何だ?」
と聞くと、オヤジは、
「知らね。何年か前から、いるんだよ。迷惑だから、お前さんが持って帰ってくれると、良いんだがね。」
と、洒落にならない事を笑って言った。
以上が、知人Uの体験談です。
Uは、この話を私にした後、ぼそりと呟いた。
「この話を聞いて、お前が持って帰ってくれると、良いんだがね。」