夜の学校で
2018/08/12
これは中学2年の時の話。
俺たちのクラスは出し物を決める時期が遅く、文化祭の前日になっても完全に準備を終えていなかった。
そこで仕方なく、話のわかる若い英語の先生に頼み、夜学校の戸締まりが終わった後で、一階トイレの窓だけ鍵を開けておいてくれるように頼んだ。
明け方そこから進入し、本番までの間に最終準備を済ませてしまう計画だったのだ。
正式な集合時間は5時だったが、俺は自分の仕事が大分残っていたので、幾人かの友達と3時に教室で会うように約束していた。
しかし、俺は2時半少し前には学校に到着した。
校舎を見上げると灯りが点いていなかったので、俺が一番乗りなのがわかった。
俺は予定通りトイレの窓から侵入した。
校舎の中は灯りが無く暗かったが、月明かりでほんのり照らされ、案外周りがよく見えた。
懐中電灯は持っていなかったが、特に不便は感じなかった。
俺は階段を静かに上がった。
そして2階廊下の端に立ったとき、廊下の向こうに何かあるのが月明かりで見えた。
・・・人?
その人は頭をこちら側に向け、うつ伏せに倒れていた。
白いワイシャツ。
右手は胴に揃え、左手はこちらに向かって差し出されてはいたが、力無く廊下に投げ出されていた。
肩幅などから男であることはすぐにわかった。
顔は床に突っ伏しているため見えなかったが、髪型の雰囲気から、俺には鍵を開けておくよう頼んだ英語の先生に思えた。
何があったのだろうか。
俺は助け起こそうと思い、先生へ向かい小走りに駆けた。
しかし数歩、走ったところで立ち止まった。
なにか違和感があったのだ。
なんだろう。
俺は目を細めた。
すると確実ではないが、何がおかしいのかおぼろげながらわかった。
細部がどうもハッキリとしないのだ。
なんというか、不思議と現実感に乏しかった。
そして窓枠の影。
月明かりで廊下には、窓枠が順次影を落としていたのだが、ワイシャツの上にあるべき影が無かった。
それが違和感の原因だったのだ。
そして俺は気が付いた。
先生はゆっくり動いている。
それは窓枠の影でわかった。
手の先にある影が、ゆっくりと体の方へ移動していた。
もちろん窓が動いているわけではない。
先生がこちらへ向かって移動しているのだ。
しかし手も足も動いてはいなかった。
ゆっくりと、そのままの姿勢でこちらへすべって来るのだ。
俺は急激に怖くなり、脇にある他の教室へ飛び込むと、音の立たないように扉を閉めた。
今考えると、なぜ後ろを向いて逃げなかったのかわからない。
薄暗い階段やトイレに戻るのが怖かったのかもしれない。
とにかく俺は、教室に入ってしまったのだ。
しかし灯りのスイッチは入れなかった。
灯りを点けると先生に見つかってしまうような、そんな気がしたからだった。
数分たっただろうか?
俺は教室の真ん中あたりの席に座り、じっと息を殺していた。
先生が気になった。
廊下に面した窓は明かり取り用の上部に一列。
あとは前後の扉に各々。
ここから実際に見える景色は、前後の扉の窓から見える廊下だけだ。
それも高い位置にあるので、もちろん廊下の低い部分は見えない。
もう廊下を通り過ぎて行ってしまっただろうか?
確かめたいが、ドアから首を出して覗きたくはなかった。
また少し時間が流れた。
しかし気になる。
俺は相手が消えてしまっていることを願い、確かめたかった。
状況がわからないのは不安でしょうがない。
俺は意を決して確かめることにした。
ドアの脇に身を寄せ、窓から斜めに覗けば少し見えるかもしれない。
俺はそっと席を立ち上がった。
その時目の隅、床の上に何かが映った。
そこには先生がいた。
今まで机の影になって見えなかったが、先生はすでに教室に入っていたのだ。
ドアは閉まっているままだった。
そして教室の後ろ、ロッカーの前の床を先生はゆっくりと移動していた。
先程とまったく同じ姿勢で、ベランダの方向へ向かい、少しずつ動いていた。
そして間近に見て初めてわかった。
それは英語の先生ではなかった。
相変わらずうつ伏せの顔は、黒くモヤがかかりハッキリしなかったが、横顔の雰囲気から英語の先生でないことは確かだった。
白い半袖のワイシャツ。
左手は前方に、右手は胴の横。
しかし右手首から肘にかけては、変な方向へ微妙に曲がり、折れた骨が皮膚を内側から押した形に少し盛り上がっていた。
足は真っ直ぐ伸びておかしな所は無かったが、なぜか裸足だった。
俺には気づいていないのだろうか。ゆっくりと動き続けていた。
こうなるともう我慢など出来るものではない。
俺は前方の扉へ走り、一目散に廊下へ逃げ出した。
結局俺は校門で友達を待った。
不思議なもので、アレは怖いが、文化祭の準備も気になって帰れなかったのだ。
しばらくして友達が二人来た。
そして朝日が昇り、皆があつまると恐怖感は薄らいだ。
しかし、先程の経験をすぐに話すことは出来なかった。
口に出すとまた恐怖がよみがえりそうな気がしたからだ。
もちろん英語の先生は生きていた。