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ハエ男

2018/08/01

俺は大学で山やってるんだけど、部で所有している山小屋でのお話。
その山小屋ってのは山のど真ん中にあって、今では初老の紳士となられた年代の方が建てた小屋なんだけど、山の中にしてはなかなか立派で、防腐剤であるクレオソートを何十年も重ね塗りされた黒い壁は雪に映えて乙なものだった。
他の部員と共に小屋の整備を終え、飯を食い、さて寝るかという時間になった。
俺はじゃんけんに負けて、便所のドアに最も近い場所に布団を構える事になってしまった。
部屋は他にもあるのでそこに移動すれば良いことなのだが、屋根の下と言っても山奥で窓の隙間から漏れ出てくる冷気に頬を撫でられ、真っ黒な闇を映す窓がたてるガタガタという音を一人では耐えられそうに無かった。
電気を消してからも話し声がぼそぼそと聞こえていたが、クレオソート塗りの疲れからか次第にその声も消えていった。
おそらく起きているのは俺一人だ。
ああ、寝つけないというのは不利な性分だなぁと思いつつも目を閉じて羊などを数えていると耳元で音がする。
プ~~ン・・・・プ~~~~~ン
非常に気に障るその音はハエの羽音に思われた。
じゃんけんに負けた不運を呪いながらも、翌朝は早く起床せねばならなかったので、エロい妄想などに集中するなどして努力するうちにどうにか眠りにつくことが出来た。
俺は夢を見た。
俺は便所の前で用を足している。
豪快な音が俺の菊門から放たれ開放感にふうと一息ついていると目の前をちらつく小さな黒い影。
・・・・蝿だった。
気にもせず続けざまの一発をかまそうと気張っていると蝿が俺の目の前に置かれているトイレットペーパーにとまった。
何気なくその方に目をやる。
足をコシコシとしごいていた蝿の頭がこちらを向いたとき、俺は息が止まった。
人の顔だった。
惰性で垂れつづける糞を気にもせず俺がわあわあと叫んでいるところで目がさめた。
起床時間よりもまだ早かったが、窓からは日が差し込み始めていた。
恐る恐る尻に手を当ててみたが寝糞をした様子は無かった。
一安心は出来たものの二度寝する気は起きず、一人で朝飯の準備をしておくことにした。
小屋にはノートが置かれていて、そこに訪れた部員たちが各々好きなことを書き込めるようになっている。
火を起こし、しばらくすることの無かった俺はそのノートを手に取った。
「発電用のガソリンが足りません。現役部員の方、補充しておいてください。」
「私の考えたエロい女優トップ10」
「ハボーホー反対」
などなど、好き勝手な書きこみが続く中、一つ俺の目を引きつけた書きこみがあった。
「何年何月何日、Y沢
便所の前で寝たら蝿男の夢見ました。寝覚め最悪です。何とかしてください。とほほ」
同様の報告は報告者を変えて後10回ほど確認できた。
その中に興味深い一文を見つけた。
「顔がk村そっくりの蝿男の夢を見る。k村の顔はチーフ部屋写真の左端。同様に蝿男の夢を見たものは報告されたし」
あわててチーフ部屋(えらい人が寝る部屋)に駆け込み写真を見てみると・・・・・居た!
顔のパーツがえらく中心から離れ、それを誤魔化すように置かれた大きい鷲鼻、太い眉。
その顔をもう少しくたびれさせたものが、夢の中に出てきた蝿男の顔だった。
k村さんのことは先輩から聞いていた。
何でもk村さんは上級生からずいぶんひどいしごきを受けていたらしい。
なんでも態度がひねくれた文学者気取りみたいで好かれなかったそうだ。
ある日、上級生からザックに石を詰められ、それで何日も山を歩かされたため、遂に腰をひどく痛めて退部していった。
k村は陰湿なやつで退部したあともこっそり部室にやってきて物の置かれている位置を変えたり、我が部を罵倒する文章を机の上に置いたりとストーカーまがいの行動をとっていたそうだ。
そしてk村の嫌がらせは卒業後も続いていたらしい。
OBの集まりではその問題が時折持ち上げられたらしいが何らかの措置をとろうにも正式にOBとしての登録もしておらず住所も変わっていて居所もつかめず向こうから連絡をしてくるわけもないのでどうにもしようがないということだ。
話は小屋に戻る。
薄ら寒いものを感じた俺は保管してあった古いノートも引っ張り出して読んでみた。
「来ました k村」
「何年何月何日、○○
第3まき部屋のまきが丸ごと外に置かれていた。雪が積もっていたので使い物にならない。第3まき部屋に戻しておきます。張り紙にも書きましたが第2まき部屋から使ってください。」
「来ました k村」
「何年何月、T田
便所の窓が綺麗に割られています。これが例のk村の仕業でしょうか。応急処置としてベニヤはっときますが、都合の良い人、ガラス買っといてください」
「来ました k村」
「何年何月、○○
畳の上に立派な糞がありました。野生動物ではなさそうです。k村、糞野郎なだけに糞だけは立派です」
「来ました k村」
「何年何月、○○
昭和何年卒業OBです。水を汲みに入ったところk村を見ました。とっちめようと思ったのだがこちらの声には全く反応せず、逃げられてしまいました。上にあるようにk村は時折勝手に小屋に侵入しているようです。数々の嫌がらせは現役の耳にも届いていることと思う。山の中だからといって安心せずに鍵をかけてから寝るように」
どうやらk村はこの小屋に来て嫌がらせを飽きもせず続けていたらしい。そしてその後は必ずノートに跡を残していたらしかった。
その後も何度かk村の嫌がらせと思える事件が書きこまれていたが、ここ数年はそんなことも無いようだ。
何となく安心した気持ちでページをパラパラとめくるとここで初めての蝿男についての書きこみがあった。
「平成2年11月○日、I東
人間の顔した蝿の夢を見ました。起きた時は汗びっしょりです・・・・・」
背筋が凍るようだった。
嫌がらせが無くなってから数年のブランクを置いて蝿男の書きこみが始まっているのだ。
つまり、もしかしたら・・・・・
目の前で燃えているマキの崩れる音がして我に返った。
まさか、そんなことがあるわけが無い。
集合意識のなんたらがどうにかして皆に蝿男を見させただけだ。
k村の書き込みだって無いじゃないか。
そう言い聞かせて進行中のノートを手に取る。
どうでも良いことを書いて気を紛らわせようと思ったのだ。
ノートを開いて俺は本当に叫びそうになってしまった。
最後の書きこみの下に汚く、小さな字で
き ま し た k 村
と書かれていた。
木のこすれる音がして振り向くとドアが開いていた。
この時、昨夜月が出ていなくてで本当によかったと思った。
そうでなければ俺は窓をガタガタとゆするk村を見ていたかもしれない。

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