ケイ
2018/06/18
ある若い女性の話。
彼女は1年前に夫と結婚して妊娠中であった。
田舎へ帰省するため、夫が運転する車で山道を走っていた。
渋滞につかまってしまい、夜遅くなってしまった。
細い道を急いで走っていると、いきなり目の前に黒いものが現れ、衝撃とともに彼女は気を失った。
意識をとり戻すと、フロントガラスにヒビが入り、べったりと人の顔が貼りついている。
「やってしまった・・・」
人を轢いてしまった。
運よく通りすがりの車に発見され、彼女たちは病院に担ぎ込まれた。
彼女とお腹の子は無事だったが、夫は返らぬ人となった。
その夜は、ひたすらに泣いた。
病院側は、今回の事故は警察に通報しなかった。
その後、引越して別の地に移り、彼女には息子が生まれ、すくすくと育った。
小学5年生にあがったころ、彼女は息子のために携帯電話を買ってやることにした。
息子も欲しがっていたし、何より愛する息子の安全を考えてのことだった。
「最近、お友達とは遊んでるの?」
ある日、彼女は息子に聞いた。
息子はあまり出かけず、友達もあまりいないようなので、心配なのだ。
「うん。遊んでるよ。今日もいっぱい話したよ」
「あら、いっぱい話したの?」
「ケータイでいっぱい話すんだよ。」
どうやら近所の友達ではないようだ。
その子はケイちゃんという名前だそうだ。
毎日のように、息子はケイちゃんと携帯で話していた。
不思議なことに、息子は通話の最後に決まってこういうのだった。
「お母さん、ケイねぇ、あと120キロだって」
「え?なあにそれ?」
「あと120キロだって」
意味はよくわからなかった。
夕食のとき、彼女は聞いてみた。
「ねぇ、タカちゃん。ケイちゃんってどんな子なの?」
「えっとねぇ・・・ケイはねぇ・・・んふふ~。」
息子が顔を赤らめたので、彼女はガールフレンドでもできたのだろう、と思った。
「ケイねぇ、遠いんだよ。」
少し自慢げに息子は言った。
やはりケイちゃんの話になると、息子は良く分からないことを言った。
そんな感じで、毎日のように息子は友達と話し、決まって最後はこういうのだった。
「ケイねぇ、あと120キロだって」
「ねぇ、タカちゃん。ケイちゃんといつもどんな話するの?」
「ケイねぇ、会いたいけど動けないんだって。」
彼女は夏の余暇を利用して、息子と実家に帰ることにした。
息子はおばあちゃんの家に泊まりたいというので、1週間ほど実家に預けることにした。
いつになく、息子は嬉しそうに携帯の友達と話しこんでいた。
実家から帰るとすぐ、彼女は母に電話をいれた。
「タカは大丈夫?一週間よろしくね。タカの声が聞きたいわ」
「はいよ。ちょっと待っててね」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「お母さん!あのね!聞いてよ!」
しばらくすると息子の嬉しそうな声が受話器から聞こえた。
「なあに、どうしたの?」
「ケイねぇ、ちょっと動けるようになったんだって!あと10キロだよ!近いんだよ!」
「そうなの、良かったわね。」
「・・・・・・・こっちきてる・・・」
いやな予感がした。
こんな夜中に「きてる」って、どういうことだろう?
「タカちゃん、正直に言って。ケイちゃんってどんな子なの?」
「交通事故だって。」
次の日の朝、実家から電話がかかってきた。
息子からだった。
「お母さん。ケイねぇ、今日こっちきた。」
「え?」
「お母さんにも会いたいって。あのね、あのときのことで話したいって」
彼女は思った。
ケイちゃんとは、事故で亡くした夫ではないかと。
夫の名はケイイチロウ・・・
「タカちゃん、待ってて!いまそっち行くわ!」
その日は仕事を休み、実家に急いで行った。
そして、息子を連れて事故現場へ赴いた。
彼女は、花をたむけ、夫を供養した。
「・・・ごめんね。あたし、あなたと話したいわ。」
そのとき携帯が鳴った。
「・・・はい。」
「お母さん、あのね、」
後ろを向くと、なぜか携帯を使って、息子が彼女に話しかけている。
山では圏外のはずなのに。
「ケイねぇ、いま病院だって。」
彼女は、近くの病院へ車を走らせた。
そこは彼女と夫が運ばれてきた病院だった。
当時の担当医はすでに転勤していたが、事故当時の詳細を聞くことができた。
夫は亡くなる間際、しきりに何かを訴えていたのだという。
彼女は夫と話がしたかった。
次の日、知り合いに頼み、彼女は霊能者に相談をした。
霊能者は会ったとたん、いきなり彼女に詰め寄った。
「夫さんと話がしたいそうだけど、それよりあなた、大変なことになってるわよ!」
そのとき、携帯が鳴った。
家にいる息子からだった。
「お母さん、ケイねぇ、もう歩けるから、こっちくるって。」
その通話を聞いて、霊能者の顔色が変わった。
「いますぐ切りなさい!」
「お母さん、ケイねぇ、あと100キロだって。」
「いますぐ切りなさい!息子さんにもいますぐ切るように言うのよ!」
「お母さん、あと99キロだって。」
霊能者は無理やり彼女を車に乗せ、息子のもとへ向かわせた。
「急ぐのよ!早く!」
運転中も携帯は鳴り続けていた。
家に着いて玄関を開けると、息子が携帯を片手に立っていた。
「お母さん、ケイねぇ、お邪魔しますって。」
お邪魔します?
ただいまじゃなくて?
霊能者は、彼女と息子を連れて車を発進させた。
「奥さん、あんなモノ轢いちゃ駄目じゃない!・・・病院はどこ?あなたが担ぎこまれた病院よ!」
事故の被害者は、タカハシ・ケイという若い男性。
当時、彼女たちと一緒に運ばれてきた。
すぐ亡くなったが、そのあと担当医は転勤。
みな、ケイという人物について多くは語ろうとしなかった。
むしろ、彼女と息子に対して冷たい視線が当たっていた。
「そのケイさん、供養しましょう。」
霊能者がそういった。
供養の儀式をしているとき、一人の看護士が彼女にそっと話しかけてきた。
「奥さん、オバコサマってご存知ですか・・・」
「はい?」
「この辺りの、ずっと昔からの古い・・・」
途中でほかの看護士に止められ、話は中断した。
その後、息子にケイと名乗る人物から電話は来なくなった。
彼女はその日も、いつものように仕事を終えて家路を急いだ。
家では、夕食を待つ息子がいる。
家に着いて玄関のポストを見ると、封筒が入っていた。
切手も何も貼っていない。
封筒を開けると、手紙が入っていた。
読もうとしたとき、携帯が鳴った。
「奥さん!」
霊能者からだった。
「いますぐ息子さんを連れて家から離れて!」
ふと手紙の文章が目にはいる。
『もしもし、お元気ですか。こっちも動けるようになりました・・・』
「ごめんなさい!被害者のケイさんは関係なかったのよ!問題はケイさんの中に入ってたモノだったの!病院であなたを診察した医者はもう・・・」
『がんばって着きました。おかえりなさい。中で待ってます。』
「逃げて!あたしの力でも駄目なのよ!」
『お話しましょう。中で待ってます。ナカで待ってまああす。』
彼女はその場に立ちすくんだ。
家の中から声がする。
「おかあさん、おなかすいた」