布団が干せない
2018/05/24
3年前の9月の出来事。
時間は夜中の3時過ぎでした。
夏休みだったんで散々夜更かししてたから、すっかり昼夜逆転した生活になってたんですね。
特にやることもなく、ぼーっとテレビ見てたんですけど、冷房の設定温度を下げすぎたせいか、少し寒くなってきて。
で、気分転換でもしようと思って、タバコを持ってベランダに出たんです。
平日だったこともあって、表にはほとんど人の気配はありませんでした。
時折通る車の音以外、聞こえてくるのは虫の鳴き声くらいです。
丁度一服し終えたあたりで、どこからか足音が聞こえてきた。
カツンコツンって乾いた感じの音。
靴音の間隔から、女の人じゃないかなって思ったんです。
女性がハイヒールなんか履いて歩いたら、あんな感じの音になるんじゃないかって。
その足音が妙に気になったんですね。
こんな夜中に、女性が一人で歩いてる。
一体どんな人なんだろうって。
で、どんな人なのか見てやろうって思ったんです。
まだだいぶ遠くにいる感じだったんですが、だんだんだんだん近づいてきて、もう見えてもいいかなって距離まで来たんです。
ベランダの手摺りに寄りかかって下の歩道を見てたんですが、それが一向に現れない。
あれ?何でだろう?おかしいな。もう見えてもよさそうなのにな、なんて思ってる間にも足音は近づいてきて、もう自分の真下あたりから聞こえてる。
さすがに少し気味が悪いなって思ったんですが、その時あることに気づいたんですね。
というのもここはマンションの7階。
下には車道があって、その両側に歩道がある。
その人が歩いてるのがマンション側の歩道だと、今いる所からでは建物の陰になってて見えないんです。
何だそんなことかと。
怖がって損したじゃないかと。
で、手摺りから身を乗り出して、真下を覗き込んだ。
女はいました。
それも目の前、ほんの1メートル手前くらいから、こっちを見上げてたんです。
ここはマンションの7階。
そこには足場などなく、普通の人間なら立つことなどできるわけありません。
女と目が合いました。
どんな顔だったかは憶えていませんが、無表情で、目だけが異様なほど爛々としていたことは今でもはっきりと憶えています。
あまりの恐怖に声も出せず、身動きも出来ないままでいると、女は両腕をこちらに伸ばしてきました。
咄嗟に
「いけない!」
と思ったと同時に体が動き、寸でのところで腕をかわし、部屋へ逃げ込むことが出来ました。
窓の鍵を掛け、カーテンを閉じ、後は布団に包まることくらいしか出来ませんでした。
自分でも驚くほど、ガタガタと震えていました。
女がそれ以上追ってくる気配はありませんでしたが、カーテン越しにあの目で見られているような気がして、生きた心地がしませんでした。
しばらくして夜が明けたので、恐る恐るカーテンの隙間から外の様子を窺ってみたのですが、女はもういないようでした。
あの出来事があって以来、夜はおろか昼間でも怖くてベランダに出られなくなってしまいました。
布団が干せなくて非常に困っています。