人の殺し方を教えてやる
2021/05/20
またどこぞの古い家の話。
数子はある旧家の長女だった。旧家らしく、いろんなしきたり、決まりごとがあって、小さい子供には非常に住みにくい家だった。
親戚もたくさんいて、盆や正月には多くの者たちが本家である数子の家に集まってきた。本家の筋に近く、年齢が上の者ほど偉く振舞うのが許される。
広い居間で酒を飲み交わして歓談している時も、子供心に人間関係のいやらしさをぷんぷん感じさせられる、そんな親戚達だった。
その数子は、両親がいなかった。幼くして亡くしてしまっていたので、家で祖母に育てられた。弟と数子で、たった二人きりの本家筋だった。
ある日、数子が中学一年、弟が小学四年の夏のことだった。まかないの作った夕食を食べ、居間で何をするでもなくごろごろとしていると、祖母が数子を呼びに来た。
「数子…話があるから、来てくれ」
数子に続いて弟もついていこうとしたが、
「お前は来んでいい!」
と祖母に一喝され、また座り込んだ。
数子は祖母の部屋に連れて行かれた。今まで祖母にこうして呼ばれる時は、何か失敗をして怒られる時が大概だったのと、祖母の雰囲気がいつにも増してぴりぴりしていたのとで、数子は自分は何か悪いことをしてしまったのかと、不安でたまらずにいた。
数子が祖母の部屋の畳の上に正座すると、祖母は押入れを開け、中から一つの箱を引きずり出し、数子の前に置いた。一辺が六、七十センチメートルはあろうかという、中々に大きな立方の箱だった。
「数子、開けてみろ」
わけがわからなかったが、言われるままに開けてみた。中を覗いてみると、そこには手の平の大きさより少し小さな、簡素な男女の日本人形が、実に数十体、折り重なるようにして詰められていた。さらにその上に、鞘に入った小振りの刀が入っていた。
「おばあちゃん、何これ…?」
「数子、今から言うことは誰にも言っちゃ駄目だ。誰にもだ。本当に信じられる人だけだ、いいな?」
「え、うん…」
「今からばあちゃんのやることを良く見てろ」
祖母は数子の前で刀を取り出し、抜いた。刃の長さは三十センチほど、丁度小学校で使った竹ものさしくらいだったという。そんなものを目の前で抜かれて驚く数子の目の前で、祖母はさらに人形を一体つかみ出して床に寝かせ、目を見開いて何かつぶやき、ダンッと人形を刀で刺し貫いた。ダンッダンッと、祖母は何度もそれを繰り返した。目は血走り、相変わらず口からは言葉とも言えない何かが漏れていた。
「おばあちゃん、何やってるの…?」
「人の殺し方だ。殺し方を教えてやるんだ」
ようやく人形を刺し終えた祖母が、話し始めた。
「いいか? うちは本家だから、金はたくさんある。そうすると、狙う人間もたくさんいるんだよ。そういう連中を追い払うためなんだよ」
話はこうだった。まず人形を用意する。買ってきてもよいが、相手を殺す念を込めて作る方がいいらしい。次に紙を用意する。これに、殺したい相手の名前と、呪詛文を書く。
相手の血で書くと一番よいが、朱の墨に相手の唾液や汗、あるいは髪の毛を燃して炭にしたものを混ぜてもよい。女だったら、月経の血も効果的だという。
「そしたら、人形の体に紙を巻きつけて、着物着せてな、まじないを唱えながら刺すのよ。この刀でな。人に見られたらいかんからな。人に見られないように、何度も刺すのよ。さっきみたいな勢いで、強くな」
数子は気味が悪くて仕方なかった。
「おばあちゃん、私、こんなの…」
「絶対に必要になるからよ。覚えとけ。ちゃんとまじない言葉も教えてやるから。いいか、金が絡めば皆敵になる。お前の弟も、いつか生まれる息子も娘もな。そんな時、自分を守るためだ。覚えとけよ」
祖母は震えながら刀をおさめ、荒い息を静めた。それから半年ほどの間、数子はそのまじない言葉を一言一句間違えることが無いよう覚えさせられた。そして祖母は、その後すぐに亡くなった。
数子はいまだにそのまじないも、「殺し方」も正確に覚えているが、使ったことはないという。
一番彼女が怖かったのは、祖母の死後あの箱の中身を再び見たとき、中に入った傷だらけの人形たちの中に、「恵子」という名の巻かれた人形があったことだった。
その名は、祖母の実の娘である、数子の母の名前であったという。さらに、父の名前を抱いた人形も見つかった。
「まあ、何かの偶然だと思うけど…確かにおばあちゃんの代とか、叔父さん叔母さんとかで早いうちに亡くなってる人はいるし…それにお母さんもお父さんも…。ちょっと怖いよね…」
数子はそう言っていた。