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屁こきのサッサ人形

2020/04/25

去年の夏、盆前に会社の同僚と2人でダム湖に一泊二日で釣りをしに行ったんだよ。
そこは戦後すぐにできたダムで、ある集落が水底に沈んでいる。
同僚の両親がその集落の出身ってことだったが、同僚自身はもうまったく縁のない土地らしい。
ただ、そういう経緯は話に聞いていたらしく、ネットで調べたら釣りもできるということだったんで、民宿を予約して行ってみることになったわけだ。
車は俺が運転して、都心から3時間半ほどの場所だった。
宿に荷物を置いて夕方まで釣った。
ブラックバスは好きじゃなかったんで、へらぶなをねらったが初めてなのでなかなか難しかった。
ほとんど釣果はなく、日が傾いてきて戻ろうということになった。
帰り道に宿で飲む酒を仕入れようとしたが、コンビニ等は見あたらず、野菜の直販所をかねた土産物屋があったんで立ち寄った。
そこで缶ビールと地酒を買い、奥の棚でホコリをかぶっている土産物を見ていたら、変な人形があった。
台座の上に、野良着を着て手ぬぐいでほっかぶりした男が、腰をかがめて尻をつき出した形の土人形だ。
それを見て俺は思わず吹き出してしまった。
なんでかというと、手ぬぐいの下の顔が同僚にそっくりだったからだ。
「なんだよこれ、お前に似てるなあ」俺がそう言うと、店番の婆が聞きつけ「ああそれ、まだあったのかい。サッサ人形っていうんだ」
「あ」と思った。
同僚の苗字が「佐々(さっさ)」っていったんだよ。
婆は続けて、「あんたらが釣りに行ってきたダム湖なあ、あの下に沈んだ集落があるんだが、これはそこの土産だった人形だが、もう作るものはおらん。珍しいもんやぞ」したら同僚が「俺の両親がそこの出身なんよ。苗字も佐々っていうんだけど、この人形と何か関係があるのかな」こう聞いた。
婆はちょっと驚いたような顔をし、「ほうほう、あの在の出身かあ。そうだよ、サッサ人形ってのは、佐々人形ってことだ。にしてもよく来たなあ、あの在のもんはこのあたりには立ち寄らんのだが」同僚は「いや、俺はここ初めてだけど、故郷だし一回見ておきたいと思ってね」婆は「ほうほう、そうかい。ところであんたらは◯◯民宿に泊まってるんか?」
「ああ、そうだよ。ここらは宿はあそこしかないんだろ」
「今から帰るとこなら、途中に神社があるから寄っていってみなさい。祭りの準備をしてるから」こう言って、脇に入って神社に出る道を教えてよこした。
「どうする?」俺が同僚に聞くと、「まだ夕飯まで少しあるから寄ってみるか」そう答えた。
店を出るとき、婆はカウンターで携帯電話を出して何か熱心に話し込んでいた。
車で湖に沿った道を走ると、脇道に幟が立っていて、その奥に鳥居が見えた。
ドンドンという太鼓を叩くような音が聞こえたんで、確かに祭りがあるようだった。
脇道の端に車を停め鳥居に向かって歩いていくと、作業着を着た年配の男たちの姿が見えた。
手に細い木を束ねたものを持っているようだった。
鳥居をくぐると境内はけっこうな広さがあり、その周囲に篝火が準備されようとしていた。
近くの爺さんに「お祭りは夜やるんですか?」と聞くと、「ああ、今晩、丑三つ時だな」と短く答えた。
俺は同僚のほうを見て「どうする、夜中に見に来るか?」そう聞いたが、「これから酒飲むんだから無理だろ。それに、たいして面白いこともなさそうだし」こんな反応だった。
もう一度、準備をしている爺さんに「どんな祭りなんですか?」尋ねると、爺さんは本堂のほうを指差して「ほら今、真ん中にしつらえるのが天の鳥船だ。あれに乗せて黄泉の国へと送る」見ると、黒光りする座卓をひっくり返したようなものが、男2人で運ばれてくるところだった、四本の短い足が上につき出した形。
「送るって、何をですか?」さらに聞いたが、爺さんは忙しそうに篝火の支柱を担いで行ってしまった。
そんな感じで俺らに注意を払う人はいなかったんで、つまらなくなって宿に戻ったんだよ。
でな、民宿に戻って驚くことがあった。
夕飯がものすごく豪華だったんだ。
鯛のお頭つき、上等な刺し身の盛り合わせ、エビやカニ、鹿肉のステーキまであった。
でもよ、これってちょっとありえないんだ。
宿泊費は夕飯込みで数千円で、こんな食事が出るわけがない。
そう疑問を口にすると、宿のおかみが「今日はお祭りがあって特別サービスですよ」と答えた。
同僚はラッキーという感じだったが、俺はなんだか釈然としなかった。
風呂に入り、部屋に戻って釣りの仕掛けを確認し、ビールと焼酎なんかをかなり飲んで寝たんだよ。
そしたら夢を見た。
暗いダム湖にぽつりぽつり明かりが浮いているのを見下ろしていた。
どうやら一人が乗れるくらいの小さな舟のようだったがはっきりしない。
舟は10艘ほどもあったか、その上でちらちら松明のようなものが揺れていた。
やがて舟は、だんだんに湖の中央付近に集まっていき、くっつき合って一斉にくるくると回った。
そして唐突にガボッと水に沈んだんだよ。
ま、それだけの夢だったんだが、目が覚めると隣に寝ていた同僚の姿がなかった。
時計を見ると朝の5時で、やつの釣り道具もなかったんだ。
まさかこんなに早く一人で出るわけもないと思ったが、起きだして宿の人に確認すると、「ついさっきお一人で出かけられましたよ。連れはよく寝ているようだから起こさないで、って言って」こんな答えが帰ってきた。
しかし同僚は車がないし、歩きだと釣り場まで1時間以上かかる。
「ああ、もしかしたらお祭りを見に行ったのかもしれない」そう考えて、車で昨日の神社に寄ってみたが、人っ子一人いなかった。
境内には篝火がいくつも残っていたが、どれも火が消えて冷たくなっていたんだ。
独身だったし、両親もすでに他界していたんで、会社で捜索願を出すしかなかった。
犯罪の証拠はないから警察の対応はおざなりなもので、俺は1度話を聞かれたきりだったよ。
それで責任を感じてしまって、休みの日には何度もそのダム湖に足を運んだんだよ。
もちろん民宿にも釣り餌屋にも、あの土産物屋にも行ってみた。
みな同僚のことは覚えていたが、どうなったかはわからないと口をそろえたんだ。
あと、土産物屋で「屁こきのサッサ人形」を探したが、売れてしまったのかなくなっていた。
・・・こんな話なんだが、去年の11月、最後にダム湖に行ったときのことだ。
昼過ぎに湖を見下ろせる展望台に立っていると急に目眩がした。
俺はよろよろとベンチに座って休んだんだが、そのときに頭の中にすごくリアルなビジョンというのか、画面が浮かんできたんだよ。
佐々が藁で編んだ着物を着て、サッサ人形と同じ姿勢で四つん這いに近い体勢でかがんでいた。
両手両足が短い木に縛りつけられてたんだ。
それは、あの神社で見た「天の鳥船」だと思った。
そして佐々のむき出しになった尻には、太い松明が深々と突き刺さっていた。
佐々は手ぬぐいの下でだらだら涙を流しながら、暗い水の中に沈んでいったんだよ。

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