浴室の電気を付ける理由
2019/11/01
少し長いけど聞いてくれ。
俺がまだ小学生だったころ、近所には少々不出来というか、今にして思えば軽度の発達障害を持っていたのであろう一つ下のお子さんがおってね、親同士の仲が良いのでよく俺の家で遊んでいたんだ。
その子は口数が少なく、俺の言動に妙にちぐはぐな反応をする。
泣くところや大笑いするところは見たことがなかったな。
そして何度となくその子が家に出入りしていく内に気付いたんだけど、遊びに来るたびに何故か必ず、浴室の電気を付けていくんだ。
用もないはずの浴室、俺が気付かないようなタイミングを見計らうように。
アホガキの俺は特に気にも留めず毎回律儀に消灯してやっていた。
数年が経ち、6年生になった俺は相変わらずそこそこの頻度で訪ねてくるその子と遊んでいた。
浴室の電気を付けていく謎の行動も相変わらずで、少し成長した俺はようやくその異様さに気付くようになっていた。
そしてある日、その子が浴室の電気のスイッチを押す瞬間を珍しく目撃した俺はついに聞いたんだ。
「どうして毎回お風呂場の電気を付けていくの?」って。
瞬間、その子はギョッとするほど目を見開いて俺の顔をじぃっと見つめてきた。
うっ、と思ったけど俺は何もおかしなことを聞いてない。
変なことをしてるのはそっちなんだ。
強気で「うちに来るたびに電気つけていくよね?変なことするのやめてよ」と続けて電気を消そうと手を伸ばすと、その子の表情がさらに険しくなった。
それどころか見開いた目から涙を流して、尋常じゃない勢いで首を横に振りながら俺の腕を掴んでくる。
振りほどこうとしても離してくれない。
とても子供の力には思えなかった。
さすがに意味がわからず、俺はひたすら怯えてた。
あまりのことに泣きながら逃げようとした。
本当に怖かった。
聞いてはいけないことを聞いてしまったのかもしれないと思った。
その直後のことはよく覚えていないけど、特に騒ぎにもならずその子は普通に帰ったんだと思う。
俺も一晩たてば落ち着いたし、普通に生活してたはず。
ただやはりというか、その子のことは何気無く避けるようになり、その子も次第に家に来なくなった。
正直ホッとしたし、徐々にあの日のことも忘れていった。
半年くらいたって卒業式も近付いてきた頃、浴室の電気の調子がおかしくなった。
電気をつけて風呂に入ってても、勝手に消えてしまうことが多くなったんだ。
親は電球が弱っているんだろう、近々新しいのを買ってくる、なんて言ってたし俺もそんなもんだろうと思ってた。
消えてしまっても、一旦風呂を出てまた電気付ければよかったしな。
そんなある日、浴槽でぬくぬくしていると電気が消えた。
またか、と思って立ち上がろうとした瞬間、触ってもないシャワーから勝手に水が出てきた。
壁にかけてある父親の髭剃りが落ちた。
ゾッとして、全身に鳥肌が立つのがわかった。
頭が真っ白になっていく感じがして、なんかヤバい、と本能で感じた。
全力で立ち上がり、浴槽を出て扉を引いたが、ロックされているように、開かない。
鍵なんてついてないのにいくら引いても動かない。
え?え?と思うのと同時に、背後に何かがいる気配を感じた。
もうパニックで、あまりのことに声も出せずに扉をめちゃくちゃに叩くしかなかった。
真っ暗な浴室で、すぐ後ろに何かの気配を感じながら、ひたすら助けを求めた。
泣きながら心の中で、助けて、と何度も叫んだ。
背後からはコンコンコココ、と甲高い音がする。
後ろにいる何かの声なのか、ものすごく耳につく嫌な音。
振り向いたら終わる、と感じた。
一心不乱に扉を叩いて、引いて、しかし扉は開かない。
背中に何かの息が当たる感じがして、もういよいよダメだと思った。
膝の力が抜けて、その場に倒れこみそうになった。
そのとき、突然電気がついて扉が開いたんだ。
俺は後ろに倒れて尻もちをついた。
開いた扉の向こうに、汗をかいて息を切らした、その子の姿があった。
俺はさぞ情けない顔をしていただろう。
そんな俺を見て、その子は安心したように、笑った。
助かった、そう感じて、俺は気を失った。
長くなったけど、怖い体験はこれで終わりっす。
寺とか行ってないから出来事の詳細もわからない。
ただ親には全部話して、わりと近いところにだけど引っ越した。
それ以来変な体験はしてないな。
ちなみに俺を助けてくれたその子はあの後また家に遊びに来るようになった。
中学生になってからは徐々に口数が増えて友達もでき、高校卒業を控えた今となってはすっかり健常で快活な女性に成長しましたww当時のことをあまりよく覚えていないみたいだけど、あの家の浴室から嫌な気配を感じていたこと、少しでも明るくしておきたくて電気を付けていたことを教えてくれた。
あの日の夜は、俺の身に良くないことが起こると直感で感じたんだってさ。
愛だな。
一体あの浴室に何がいたのか、今もいるのか、いつからいたのか、何もわからないままだけど、俺の話は以上です。
最後まで読んでくれて、どうもありがとう。