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立入禁止

2019/07/31

今から15年も前の話。
当時私は大学には進学せず、夜の世界で働いてた。
同じ頃、韓国に従兄弟が日本料理店をオープンさせていて、想像以上に賑わいをみせた為、私に「手伝いに来てくれないか?」と相談された。
特に将来設計があったわけでもなく、日本にこだわる必要もないと感じた私は、親に許可を得て従兄弟からの申し出を受け、早々に韓国へと向かった。
店は明洞という場所にあり、私は従兄弟が借りてくれたアパートに荷を降ろした。
店までは15分ほどの距離だが、夜でも人通りがあるので危機感もない。
昼間は韓国語を勉強し、夜は厨房で汗を流す。
こんな人生も悪くないと充実感を感じながら過ごして、気付けば1年が経っていた。
日常会話程度に韓国語をマスターしていたし、地理にも詳しい。
相変わらず忙しい店では、厨房長という立場になった。
そんなある日、アパートに帰ると、使ってもいない洋服が床に転がっていた。
そればかりか、コルクボードに貼っていた写真が1枚もない。
ゾッとしたのは、私の下着が、ケースから1枚ずつ玄関の方へ点々と置かれていた。
大きな違和感を感じて、従兄弟に電話を掛ける。
「今日、兄ちゃんか兄ちゃんの奥さん、うちに来た?」答えはノー。
奥さんは妊娠中で身重だし、従兄弟は私より長い時間店にいる。
分かりきっていた事だが、もしかしたら…?と安心を得たくて聞いたのだが、身内は誰も部屋に来ていないようだった。
そう考えると一気に怖くなった私は、従兄弟に頼んで警察を呼んでもらい、盗まれた物もなかったので、「何かあればまた呼んで下さい」という形で警察も帰って行き、不安で堪らず、その日は従兄弟夫婦の家に泊まる事にした。
翌日、仕事が終わり、自分のアパートへ一人で戻るのが怖かった私は、日本に留学経験のあるミジュというアルバイトに、一晩だけうちに泊まってくれないかと頼んだ。
ミジュは快くついて来てくれたのだが、談笑もつかの間、部屋の前で私たちは凍りついた。
アパートの私の部屋の扉に、赤のスプレーで『立入禁止』と殴り書きされていた。
「私ちゃん…これヤバいんじゃない?」とミジュも怯え出し、私たちはアパートから少し離れた場所で警察に連絡した。
警察が到着し、異様な空気を察したのか、スワット(?)部隊のようなマッチョな人たちも数名、応援に駆け付けた。
離れて待つように言われ、ミジュとしばらくアパートの下で待っていると、刑事のような人が来て、深刻な顔付きで私たちに何かを話した。
難しい単語が分からず、ミジュに通訳を頼むと、ミジュはあからさまに青ざめた顔で、「話したら私はもう帰るから、社長(従兄弟)に迎えにきて貰うよう、私ちゃん、今すぐ電話して」と、前置きをした。
不穏に包まれながら従兄弟に電話を掛けて、ミジュに従兄弟がすぐに向かうと説明すると、ミジュは今にも泣き出しそうな顔で歯をガチガチ震わせながら、「お姉さんの部屋で、男が自殺してるみたい…。刑事は顔見知りか聞いていて、確認して欲しいので、お姉さんに部屋に上がるようにと言ってる」頭が真っ白になり、一瞬にして溢れ出る恐怖で言葉も出ず、「とりあえず、確認は従兄弟が来てからでも構わないか?」と伝え、刑事に承諾を得ると、ミジュはタクシーを拾い、逃げるように帰って行った。
しばらくして従兄弟が来たので、刑事と3人で私の部屋へ入る。
すでに何とも形容し難い異臭が鼻をつき、“それ”を見た私は床に嘔吐した。
横目でもう一度確認して、“それ”が誰なのか見当がついた。
私が店に入って間もない頃から、頻繁に来てくれていた常連客。
名前も素性も知らないが、思い返せば、何度か食事に誘われ断っていた。
私が思い当たる事全てを従兄弟の通訳で刑事に伝え、その夜は必要最低限の着替えや鞄だけを持ち、従兄弟宅で寝る事になった。
翌日、精神面でつらいだろうと休みをもらい、従兄弟の奥さんと昨夜の話をしていると、奥さんが話しづらそうにこんな事を言った。
「実はあの常連客は、何度も執拗に、『私ちゃんと交際がしたいから取り持ってくれ』と旦那に頼んでたみたいなの。
もちろん、旦那は私ちゃんに迷惑が掛かるだろうと、軽くあしらってたみたいで…」それから私は、周りのサポートも度外視し、半月もせずに日本に帰国した。
それでも死体の顔が鮮明に何度もフラッシュバックするし、あの時、もし鉢合わせていたらと思うと、未だに眠れない夜がある…

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