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この世の真実

2019/07/20

ある精神科医が、重症の患者を治療していた。
その患者は若い僧侶である。
彼は
「この世の真実を知りたい」
と各種の修行を積んだが、悟りを開くことができなかった。
そして、思い悩むうちにノイローゼになったのである。
その精神科医はある日、
「この世の真実なんて知らない方がいいですよ」
と言った。
何気なく言ったのだが、これが禍した。
若い僧侶は、精神科医がこの世の真実について何か知っているものと思い込んだ。
そして、その日から
「教えてくれ」「教えてくれ」
と詰め寄るばかりで、他の事には耳をかそうとしない。
これでは治療が成立しない。
精神科医は仕方なく、この世の姿を見せるため、若い僧侶にある薬物を投与した。
その薬物は『奥行き』に対する認知を妨げるものである。
僧侶の目の前に、角膜に写ったままの平面的な世界が出現した。
例えば目の前に昇り階段があっても、ただの『そそり立つ壁』に見えてしまう。
向こうから人がやってきても、
『人がやってきた』のではなく、
ただ『その人の姿が徐々に大きくなっている』としか認知できない。
脳の作り出す幻想が排除され、生の2次元が出現したのである。
驚く僧侶に、精神科医は別の薬物を投与した。
その薬物は『既視感』を妨げるものである。
たとえば文字をじっと見つめていると、
ある時点から全く意味の無い記号に見えてくるが、
これが既視感を喪失した状態である。
投与してすぐ、僧侶の目の前に全く意味の無い記号群が出現した。
そこには、空も、山も、ビルも、人も、花も、鳥も・・・全てに何も意味がなかった。
脳の作り出す幻想が排除され、情報処理対象としての記号群が出現したのである。
若い僧侶は低い声で呟いた。
「この世の真実は、このようなものだったのですか?
私はずっと、自分の脳に騙されていたのですか?」
精神科医はしまったと思ったが遅かった。
若い僧侶は、病院の開いている窓に向かって突進し、頭から外に飛び出した。
彼は自らを欺き続けた脳に、復讐しようとしたのである。

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