輸送班に臨時勤務中
2019/07/16
これは何年か前、
当時所属していた中隊の先輩から聞いた話。
間もなく昭和の時代も終わろうとする夏。
先輩は輸送班に臨時勤務中で、
休日の広報業務支援のため土曜の夜に一人、
営内で残留していたそうな。
翌日は早朝からの運転業務のため、
酒も飲まず早い時間からベッドに入っていた。
しかしそうそう早く眠れるはずも無く、
もやもやと時間ばかりが過ぎていった。
ふと気が付くと、
部屋の片隅にゆらゆらと揺らぐ空間がある。
何だ?と目を凝らすと、
次第に揺らぎは消え、
跡には女の姿があった。
クリーム色に青と緑の格子柄のパフスリーブのワンピースに、
つば広の麦藁帽子をかぶった若い女。
不思議と先輩は、
なぜ女が?とは思わなかったという。
やがて女は次第に先輩のベッドに近づいていった。
近づくほどに腰をかがめながら。
「最後にはほとんど四つん這いだったな。
ほら、貞子みたいに」
それでも、なぜか女の顔だけは
霞んだ様にはっきりとは見えない。
やがて、女はベッドの縁に手を掛け、
覗き込むように顔を近づけたという。
「その瞬間までは、
不思議と恐怖感は無かったんだ。
これっぽっちも」
しかし、突然に女の顔がはっきりと見え始めた、様な気がした。
「見ちゃダメだ。そう思ったよ」
先輩は全力で半身を起こし、
左の拳で女の顔のあたりを薙いだそうだ。
ぐしゃり、というなんとも言い様の無い感触を最後に、
先輩の意識は途切れたという。
翌朝、目を覚ました先輩に残されたのは、
尋常でない寝汗で濡れたベッドと、
左拳全体の青痣。
「まあな、寝ぼけて暴れてどっか殴ったのかもな。
でも、痣の酷さのわりに全然痛くなかったし。
今思うと、あの女、
なんだか悲しそうな、寂しそうな、そんな感じもしたなあ…
話、聞いてやっても良かったのかな?
殴ったりして、悪かったのかな?
でも、そうしてたら、俺、どうなってたろう?
なあ…お前なら、どうしてた?」