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常連客

2019/06/28

学生時代、叔父が経営する小さな小料理屋(居酒屋)で手伝いをした。
常連客で、70代のMさんという、真っ白な頭の爺様がいた。
ほぼ毎日、開店の16時くらいから24時くらいまでいる超顧客。
現役時代は物書き系の仕事をしてためか、ちょっとクセがあり、
他の常連客は一線を引いていた。(挨拶程度のみ)
3年くらい前に奥さん(子供はいない)が亡くなってから、
ほぼ毎日通ってくれているんだそうで、叔父も大切にしていた。
そんなMさんはいつも特等席のカウンター奥で、1人でチビチビ飲んでいた。
なんとなくちょっとかわいそうで、俺はわりと話しかけていた。
仲良くなると意外とおもしろく、古く興味深い話なんかも聞けるので、
俺はいつのまにか自然と、Mさん担当みたいな役割になっていた。
Mさんがある日を境に、急に来なくなった。
叔父は気にしながらも、
「Mさん、携帯もってないし、自宅番号も知らんから連絡とれない。
そういえば、前にも急に来なくなったことあったなあ。
なんだか、『隣に座った客が気に入らない』とかが理由だったかな。
ちょっと変わった感じの人だから、ほとぼり冷めたらまた来るだろ。
病気とかっていう話は聞いてないから、だいじょうぶだと思う」
と。
叔父からしても、他の客がいない時間帯の話し相手なので、
態度にはあまり出さないが、かなり気にかけていたようだった。
ある日の開店直後、叔父に買い物を頼まれたので近所のスーパーへ。
戻ってきたときにチャリを置いてる最中、お客さんいるかな、
という感じで、なにげに店内をチラっと見てみた。
カウンター奥にMさんの姿がいたので、ああ久々だなと。
しかし店内へ入ったら、叔父しかいなかった。
あれ?と思い、
「叔父さん、Mさん来てないの?」
と。
すると叔父は
「は?まだ誰も来てないよ。なんで?」
と真顔で。
今、外から見えたということを話すと、叔父に
「誰か通り過ぎた爺さんでも、硝子に映って見えたんだろ~」
と言われた。
俺は、いや、たしかにMさんだった、とは思ったが放置。
それから約2週間後の午後。
叔父から『すぐ店に来い』と突然の電話。
急いで行くと、開店準備中の店内には、
叔父と60歳くらいの女性がいた。
誰だこの人?と思ったら、その女性は、Mさんの妹さんだそうな。
時々、1人で暮らすMさんを心配して家に行くそうで、
1ヶ月ほど前に家を尋ねたときに、Mさんが倒れていたとか。
それでMさんは、そのまま入院して息を引き取ったと。
その後、妹さんが遺品整理をしていたら日記が出てきて、
それを読んでいたら、店で飲んでることばっか書いてたらしい。
それで妹さんが店を探して電話をかけて、
挨拶に来たということだった。
日記は少しだけ読ませていただいたが、
叔父や俺や数少ない仲の良い客と、何を話して楽しかったとか。
俺のことはけっこう書いてあったので、読んでいて涙が出た。
その日さすがに店は休んで、チビチビと2人で飲んでいた。
少し前に俺が見たMさんを、
「死ぬ前に来てたのかな」
などと話していた。
酔った叔父は、
「Mさんの特等席は、半永久的に使うのやめるか!3年間毎日通った皆勤賞だ!」
と言い出したので賛成した。
そして叔父は『予約席ーRESERVED』のプレートを買ってきて置き始めた。
事情を知っている常連客の人は、その席にリンゴを持ってきたりしていた。
以後、叔父の店には、不思議なことがたまにある。
叔父が大好きな演歌歌手や、大好きな元プロ野球選手が突然訪れた。
急に雑誌で『飲み屋だが飯が激ウマ』と紹介されたこともあり、
それが原因で客足が増え、昼間の営業を再開することとなった。
(以前、昼営業をやった時期があったが、客入りが悪くてやめた)
最近、俺が客として久々顔を出したときのこと。
新しい常連客らしい、若く子供連れのご夫婦がいた。
まだ4歳くらいの娘さんが、突然カウンターの奥を指さして、
「そこにおじさんがいるよ!」
と言い出した。
母親があわてて、
「すいません。この子時々へんなこと言うんです」
と苦笑いで謝っていたら、叔父が
「どんな人なの?」
と聞いた。
小さい子は
「頭が白くてね、こっち見て笑ってるよ」
と言った。
叔父と俺は目を合わせた。
俺は鳥肌がたったが、怖くはなかった。
叔父は
「頭真っ白っていったら、Mさんしかいないよな!今そこか、へへへ」
と。
すると一瞬、店内の薄暗くしてある電気が、
ブワーっと光が強く明るくなり、すぐにまた薄暗くなった。
叔父は嬉しいんだか、怖いのを隠しているのかわからんけど、
ひたすら「んへへ、へへっ」とだけ笑っていた。
それから叔父は店の片隅に、店内で撮ったMさんの写真をさりげなく置き、
開店前には手を合わせて、「今日もよろしく」と言っています。

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