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初恋の相手

2019/05/12

俺には10歳上の従妹がいた。
綺麗な人でとても優しい。
名前は由紀(仮名)といった。
由紀は俺の明仁(仮名)という名を崩して、
『あっくん』と呼んでくれていた。
近所に住んでいて、年の離れた俺とよく遊んでくれた。
いつも一緒で大好きだった。
由紀が社会人になり遊ぶ機会は減ったが、
幼少の頃と変わらず懐いていた。
俺が中学に入学した頃、由紀は結婚した。
初恋のようなものを感じていた俺は、正直ショックだった。
結婚と共に遠くへ引越した彼女とは会わなくなってしまった。
それからしばらくして、久しぶりに家へ遊びに来た。
長い再会までの期間と、幸せそうな由紀の顔に胸が詰まった。
両親と楽しそうに会話を交わすリビングを抜け出し、
自分の部屋へ戻ろうとしたが、由紀は追いかけて来た。
「待って、あっくん、久しぶり」
「…うん」
俺は階段を昇りながら答えた。
複雑な感情を割り切れないまま、
何故か少しの苛立ちと少しの悲しみが混ざり、由紀の顔を見れない。
「ねぇあっくんってば」
そんな俺の気持ちを知る筈なく、俺の後ろをついて昇ってくる由紀。
呼ばれ手首を掴まれた。
軽い力だったのに、心臓が痛いくらい跳ねて、それを振りほどいてしまった。
一瞬。
階段でバランスを崩した由紀は、呆気なく落ちていった。
派手な音が耳に入って動けなかった。
両親が駆けつけ、救急車が来て、そして知った。
由紀は妊娠していた。
それを話しに俺の家へ来たこと。
けれど、階段から落ちて流産。
俺は病室で何度も何度も謝り、後悔し、泣いた。
そんな最低な俺を由紀は責めなかった。
「大丈夫よ、あっくん…」
と、涙の溜まった瞳を向けてくれた。
俺が悪いのに、この件を誰にも言わなかった。
由紀はその後回復し、俺は学生の位が上がって勉学に勤しむようになって、
互いに会えなくなった。
…会わなくなった。
俺は大学を卒業し、何人目かの彼女が出来て、プロポーズをした。
結婚式は親戚一同が集まる。その中に由紀もいた。
「おめでとう、あっくん」
ずっと由紀に対して後ろめたさを感じていた俺は、
祝福の言葉に不覚にも子供のように泣いてしまった。
再びぽつぽつと連絡を取り合うようになった。
やがて妻が妊娠した。
父になるという歓びが、こんなに大きいものだと思わなかった。
両親はもちろん、由紀にも電話して知らせた。
いつにも増して仕事に身が入る。
妊娠9ヶ月目。
そんな幸福の絶頂期だった。
残業中、妻が病院へ運ばれたと電話が来たのは。
母子共に危険ということで、手術室のランプが赤く光る。
ベンチには両親と由紀がいた。
どうやら自宅に遊びに来ていたらしい。
「奥さん、階段を踏み外したんだって…」
由紀が小さな声で隣に座った俺に話し掛けた。
「…あっくん」
脳裏では、過去の由紀の流産の記憶が思い出されていた。
悲痛な面持ちで俯く両親と、同じく目を瞑る俺の肩に手を置く由紀。
「私ね、あの時のこと、まだ許してないんだ」
場に似つかわしくない低い声音に、驚いて顔を上げた。
柔らかな微笑みを作る由紀の瞳は、初めて見る心底冷えたものだった。
「赤ちゃん助かるかなぁ」
由紀は笑った。
俺は妻が最近大きなお腹を気遣って、
寝室を1階に移したほど階段を避けていたことを思い出していた。

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