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送迎バス

2019/04/14

まだ自分が学生だった頃の夏休み中の出来事です。
この年の夏、僕は特に旅行に行く予定も田舎に帰る予定もなく、
ただだらだらと東京のおんぼろアパートに篭っているよりは
どこか涼しい場所で住み込みのバイトでもしていた方がお金も貰えるし、
食費や光熱費の節約にもなるし、なにより素敵な出会いなんかもあって
色々楽しいこともあるかもしれんと、N県のとあるリゾートホテルで1ヶ月間、
住み込みでアルバイトをすることにしました。
採用も無事決まり、初めての住み込みバイトということの
不安と期待の入り交じった気持ちの中、
あっという間にバイト初日の日がやってきました。
僕は朝5時に起床し身支度を整え、
朝食を終えて午前7時頃に家を出発し、
だいたい午前10時半前にはホテルの最寄りの駅に到着しました。
ホテルのある場所が駅から少し離れた山の中腹に建っていることもあり、
駅からはホテルの送迎用のバスに乗って
現地まで向かうということでした。
僕は駅前のロータリーに何台も止まっている
他のホテルや旅館の送迎バスの中から、
自分がこれから世話になる「△△ホテル」と書かれた厚紙を
フロントガラスに貼付けてある送迎バスを見つけると、
・・・よし最初が肝心、いい印象をあたえる為に
まずはバスの運転手の人に元気よく挨拶しよう
・・・などという考えが頭に浮かびました。
そこで僕、送迎バスの乗車口を上がりながらかなり大きな声で
「こんにちわ、今日からこちらのホテルでアルバイトすることになっている○○です」
とバスの運転手にむかって挨拶をし、
私は元気で無邪気な学生ですといった表情をしながら
運転手の顔を見上げました。
その瞬間、僕の無理矢理作ったアホ面は凍りつき、
背筋や手足にゾクゾクと鳥肌が立つのを感じました。
そこで僕の目に飛び込んできたものは、
首から頭の先まで毛というものがまったく存在せず、
真っ白い皮膚にびっしりと見られる斑点状のモノに覆われた顔面、
そんななかにある小さな黒目は小刻みに揺れており、
口紅を塗りたくったような真っ赤で大きな唇が眩しい、
かなり異様で不気味な顔立ちをした運転手の顔でした。
僕は悲鳴を上げそうになりましたが、
どうにかこらえて自分の感情を顔に出さないようしながら、
今度は小さな声で
「○○といいます。今日からバイトでこちらに…」
と運転手に向かってもう1度自己紹介をしました。
しかし運転手は、最初の挨拶の時も、
また今回も僕の方には視線をよこず、
前方の方に顔を向けたまま無言で少し首を振るだけでした。
僕は少しの間途方に暮れ、さてどうしたものかと考えました。
このままバスに乗るべきか、
はたまたもう1度この運転手に話しかけてみるべきか、
それとも東京に逃げ帰るべきなのか・・・
正直なところ僕はもうこの時点でここで働く気力が一気に萎えてしまい、
一刻も早く東京のアパートに逃げ帰りたかったのですが、
ここに来るまでにかかった交通費が、
当時貧乏学生だった僕にはかなりの高額で、
更に帰りの交通費も自費で出さなければならない
(交通費はアルバイト最終日に給料と一緒に渡される)と
いう状況がネックとなり結局、東京に戻るという選択肢はなくなりました。
かといってあの運転手にもう1度話しかける気力も、
直視する勇気なかったので、
そのまま無言でバスに乗り込むことにしました。
僕はバスに乗り込み1番後ろの座席の方に移動しました。
するとまだ座ろうとしないうちに、
ブルルルルルルとエンジンの目覚める音が車内に鳴り響き
乗車口のドアがぷしゅうという音と共に閉まりました。
僕は
「えっ・・・乗客って俺ひとりだけ!?・・・」
とこの状況に愕然としました。
僕はてっきりこのバス(定員17人と記載されていた)の大きさなら
かなりのお客さんが乗って来るのだろうなと、
要するに他にも人がたくさん乗っていれば
別に運転手がどうであろうと何も恐れることなどないと考えていたのです。
だからちょいとビビリながらも
何とかバスに乗り込むことができた訳です。
しかし今更やっぱり降りますなどとは言える状態ではなく、
しかたなく黙ってそのまま座っていることにしました。
何事もなく無事にホテルに辿り着けますようにと神に祈りながら・・・
駅の周辺は観光地ということもあって結構賑わっていたのですが、
駅から7~8分もバスが走り続けると辺りはすっかり緑に囲まれてしまい、
すれ違う人や車の数も急に少なくなってきました。
しかしこの時の僕は、まぁかなり周りは寂しい場所になってきたけど
実際にそんなヤバい状況に陥ることなんてまずないしょ
まだ昼前で日もかなり照ってるし、
とかなり落ち着きを取り戻していました。
冷静に考えて見れば、なにかの病気あるいは
事故にあった気の毒な運転手さんに対して、
失礼にもこちらが勝手にビビってしまっているだけじゃないかと。
というわけで少し気持ちが軽くなった僕は、
車窓の外に広がる青々と生い茂る木々や、
その間を飛び回る野鳥の愛らしい姿など、
都会とは違った大自然ののんびりとした景色を眺めているうちに、
ここまでの道のりと朝5時起きという
普段の生活習慣からは考えられない程の早起きなどで
少し疲れていたのでしょう、
いつしかウトウトと眠り込んでしまいました。
ガサガサという耳障りな音で僕はハッと目が覚めました。
どれくらい眠っていたのでしょうか、
眠り込む前はまだ昼前で窓から日の光が
激しく差し込んでいたのですが、
今はもうすっかり日が暮れかかっているのか、
窓の外はすっかり薄暗くなっていました。
バスの中も小さな車内灯が2つ3つ点灯しているだけで暗く、
周りがどうなっているのか、
まだ完全に目覚めきっていない僕はまったく状況が掴めませんでした。
とりあえず今何時なのか確認する為、
僕は左腕の腕時計に目をやりました。
しかし腕時計には、
何故か文字盤の部分に紙切れのようなものが貼付けてあり、
そのままでは時間が確認できないようになっていました。
「誰がこんな事を・・・?」
僕は文字盤に貼り付いている紙切れのようなモノを取り除こうと、
指先で文字盤に触れようとした瞬間、
その紙のようなモノが宙に舞いだしたのです。
僕は突然宙に舞い出した紙切れのようなものを、
呆気にとられながらも眺めつつ、
少しの間をおいてそれが蛾だという事にようやく気付きました。
そしてその蛾を目で追っている内に、
バス内の暗さに次第に目が慣れてきました。
そこで僕はバス内部の状況を目の当たりにして、
思わず悲鳴を上げていました。
車内灯の周りにはグルグルと飛び回る無数の白い蛾、
バスの窓にベッタリと張り付いているのは、
全長10センチ以上はある気味の悪い大きな斑点をもつ蛾の大群、
黄色い羽根を持ち、バス内をすごい勢いで飛び回る中型の蛾、
天井には人の美的感覚を逆撫でするような
異様に大きな触覚を持つ蛾が張り付き、
その横には原色の羽根をこちらに見せつけるように張り付いた三角形状の蛾、
シートには先程、紙切れと間違えたベージュ色の蛾が
何十匹も覆いかぶさるようにガサガサと音を立てていたのです。
そう、バスの車内はいままで見た事もないような
大小様々な何百匹もの蛾達がいつの間にか入り込み、
車内を占領していたのです。
僕は大慌てで荷物を持ち、
蛾の大群を振り払いながらバスの乗車口に向かって駆け出しました。
この時バスのエンジンはかかったままでしたが、
バスは乗車口が開いたまま停車しており、
どこにも運転手の姿は見当たりませんでした。
ともかくこんなバスの中にいつまでも居られたモノでないので、
バスから直ぐに飛び出しました。
外に出るとそこは駐車場のようで、
少し離れた場所に僕がバイトすることになっている
「△△ホテル」と記されているネオンが見えました。
僕はそのネオンの方向に向かって歩き出し、
大きなネオンが輝く下にホテルの正面玄関を見つけて
フロントへと近づいて行きました。
フロントにはあのバスの運転手の姿があり、
その横では長身で痩せたタキシード姿の男性が
こちらに笑顔をむけて立っていました。
僕「・・・」
タキシードの男性「やぁ、○○くんだね。△△ホテルへようこそ」
・・・タキシードの男性はホテルの支配人でした。
そして支配人の方を通して
バスの運転手の方にも改めて挨拶をしました。
運転手の方はやはり、昔に事故に巻き込まれてしまい
声帯と顔に傷を負ってしまったそうで、
顔面の筋肉と喉の機能が麻痺してうまく喋ることが出来ないという事でした。
僕がバスに乗り込む時に返事をしなかったのは、
無理に声を出しても多分聞き取れないだろうし、
その仕草で相手を怖がらせてしまうという事が分かっていたのであえて、
僕に顔を向けない様にして軽く頷くだけにしたという、
運転手の方の僕に対する配慮した結果とった行動だったそうです。
またバスがホテルに到着しても
僕がグッスリと眠ってしまっており、
ちょっと位揺さぶっても起きないので支配人と話し合った結果、
そのまま寝かせておく事になり、
その際に夏場の車内はすぐに暑くなってしまうので
バスのエンジンはかけたままにしてクーラーを入れ、
僕の目が覚めても車内に閉じ込められたままにならないようにと、
バスの乗車口のドアを開けたままにしておいた結果、
車内灯に釣られて蛾の大群が乗車口より入り込んで
上記のような事になってしまった様でした。
僕はこの運転手さんの心遣いに感謝して、
色々とお礼やら非礼を詫びたりやらで何度も、
頭を下げた事をいまでも記憶しています。
いまでは彼とは手紙のやり取りなどする程
仲の良い友人となりました。
しかし今回書き込んだ話は
僕の人生の中で1番怖かった出来事でした。
この文章の中で彼に対する表現が、
当時僕が彼に初めて出会って感じたままを書き記した為、
少し不快に感じる言葉を使ってしまったことで罪悪感を感じ・・・まぁ、・・・でも・・・ケ・・・

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