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握られた髪の毛

2019/03/17

私は仰向けで寝ることが出来ません。
修学旅行で友人達と一緒に寝たときなど
「苦しくないの?」
とうつぶせで寝ている私は聞かれたりしました。
うつぶせで寝ると顔の骨が歪んだり、
心臓に負担がかかってしまうとテレビなどで
聞いたこともあります。
でも、私はあの日以来
天井を向いて寝ることが出来なくなってしまったのです。
あれは確か13年前の夏休み。
私が9歳の時のことです。
母の実家は長野にあり、
我が家では夏休みと冬休みに
そこへ行くのが習慣のようになっていました。
弟は6歳でこの年に小学校に入学し、
そのためか祖父母はいつにもまして
私たちを温かく迎えてくれました。
母の実家は幼心にもう何百年も
ここに建っているのではないかと思ったほど
年季の入った大きな平屋で、
祖父母はそこで農家を営んでいました。
ちょうど私たちがここを訪れる頃には、
近所でお盆のお祭りがやっていて、
私にとってはそのお祭りこそが
祖父母の家に行く一番の目的でもありました。
そう、あの夜も確かお祭の日でした。
祖父に散々お金を使わせ、
私と弟がお祭りから帰って来ると、
もう時刻は夜の10時を過ぎていました。
母に促されるまま私たちは
お風呂(ドラム缶を使った五右衛門風呂のような物でした。
に入り、『いつもの部屋』に向かいました。
その部屋は普段は物置に使っている屋根裏部屋で
私たちが来るときだけ祖
父と祖母が私たちが寝られるように、
そこを片づけておいてくれるのでした。
部屋の中は少しだけかびくさくて、
木の匂いがして、なぜか私たちはその部屋が好きでした。
まるで私たちだけの秘密基地のようで、
この部屋で寝るときはとてもわくわくしたものでした。
私は小さい頃からあまり寝付きがいい方ではなく、
その日も弟が寝てしまった後も
一人、布団の中でぼんやりと下での両親と祖父母、
そして近所に住んでいた叔父と叔母の、
かなりお酒が入っている様子の話し声や笑い声を聞いていました。
しかし、やがてそれも消え、
階段下から漏れていた1階の明かりも消されると
私はとたんに怖くなりました。
家中で起きているのは自分だけなのだと思うと
心細くなったのです。
私は早く寝てしまおうと、
ぎゅっと目をつぶりました。
しかし、そう簡単に眠れるものではありません。
私は目をつぶったまま、じっと朝を待ちました。
目を開けるのが怖かったのです。
ふと、誰かの声が聞こえました。
いえ、声というのは適切ではないかも知れません。
息づかい、と言った方がいいかも知れません。
「はあ・・・はあ・・・」
という喘ぐような、苦しそうな声でした。
「・・・ヒロキ?」
私は弟の名前を呼んでみました。
この部屋には私の他に弟しかいないはずなのです。
答えはありませんでした。
ただ、苦しそうな息づかいが聞こえるだけです。
女性の声・・・
若い女の人の声のような感じがしました。
私は思いきって目を開けました。
・・・誰もいないのです。
ついさっきまで前髪に
息がかかっていたほど近くにいたはずなのに・・・。
足音なども聞こえませんでした。
私はぞっとして部屋中を見回しました。
誰もいません。
いよいよ怖くなった私は
隣で寝ていた弟をひっぱたいて起こし、
文句を言われながらも私がいいと言うまで
起きていてほしいと頼みました。
私は布団を弟の布団とくっつけて、
嫌がる弟の手を無理矢理握って目をつぶりました。
自分以外に人がいることを
確認していたかったのです。
しばらくして、ようやく
うとうとし始めたとき、
何かが私の頬に触れました。
髪の毛・・・・?
それは人間の髪の毛の様でした。
とても長い髪の毛・・・
今この家の中にいる人で
こんな長い髪の毛の人はいないはずでした。
第一、足音が聞こえなかったのですから
下から誰かが上がってきたのではないはずです。
私は弟の手をぎゅっと握っていました。
気がつくと、弟もその手を握り返しているのです。
弟の手は汗でびっしょりでした。
「姉ちゃん、姉ちゃん・・・」
弟は私を呼んでいました。
「もういい・・・?もういいって言ってよ!
もうやだよ・・・姉ちゃん・・・」
弟の声は震えていて、
泣いているようでした。
さっきの女性の声が聞こえました。
「で・・・・け・・・・で・・・・け・・・」
その声が何を言おうとしているのか解ったとき、
私は悲鳴を上げていました。
「で・・・いけ・・・・でて・・・け・・・・でていけ・・・」
気がつくと朝でした。
私は呆然としていました。
あれは夢だったのでしょうか?
慣れない布団や枕で寝たせいで
妙な夢を見たのでしょうか?
弟があの夜、一体何にあれほど怯えていたのかは、
本人も覚えていないそうです。
と言うより、彼はあの夜、
私に起こされてからの記憶は全くないと言っていました。
しかし、あれが現実の出来事だった証拠も、
たった一つだけ「彼女」は残していました。
目覚めた私の右手には、
自分の物ではない長い数本の髪の毛が、
いつの間にか握られていたからです。
私はあの夜の出来事は本当のことだと信じています。
私は仰向けで寝ることが出来ません。
うつぶせなら、少なくとも目を開けても「彼女」の
顔を直接見なくて済みますから。

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