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止まれない

2019/03/10

彼と出会ったのは中学生のときだ。
身長は僕と同じくらいだが、
やけに細くて頼りない感じだった。
彼は体育の時間になるといつも見学だ。
教師も了解しているようで、特に何も言わない。
ワケありなのか・・・
僕は思いきって彼に直接聞いてみた。
「どうしていつも見学なんだ?、
怪我でもしてるのか?」
すると彼は笑いながらこう答えた
「走り出すとなかなか止まらなくてね・・・」
意味が分からなかったが、
「へー」
と言って納得してみせた。
高校は別々で彼のことはすっかり忘れていたが、
ある日、新聞で彼の名前を見つけた。
なんと高校生男子1万メートルの県記録を作ったらしいのだ。
「凄いじゃないか」
僕はぜひ祝福したいと彼の高校に向かった。
陸上部はちょうど練習中で、
僕はこっそり見学させてもらった。
彼は走っていた。
ずっと走っていた。
いつまで走るのか・・・
「よーし、止めてやれ」
小太りの男がそう声を出した。
2、3人がかりでようやく止める。
「大丈夫なのか?」
僕は彼のもとへ急いだ。
意識がもうろうとしているようだ。
僕は小太りの男につめ寄った。
「どういう事だ。こんなになるまで走らせて!」
小太りの男は何も言わず去っていった。
意識が戻った彼に
「どうしたんだ、説明してくれ」
と聞いたが
「大丈夫、大丈夫」
の一点張りだ。
僕は社会人になった。
彼はどうしているのだろう・・・
彼の行方を探偵に捜してもらった。
彼は精神科病院に入院していた。
驚いた僕はすぐその病院に向かった。
彼の病室に入った時は本当にショックだった。
何も映ってないテレビをただ眺めていた、
もう目が死んでしまっているようだ。
足にはそれぞれ3キロほどの重りが付けられていた。
掛ける言葉も無くただ呆然とした僕は
お見舞いのフルーツを置いて帰ろうとした。
その時、彼が僕に気づいた。
数秒の沈黙の後、彼は僕の方を見つめこう言った。
「ようやく止まることができた」
とね。

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