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ヒグマの被害?

2019/03/07

日本史上最大の被害を出した獣害は、
北海道であったヒグマによる事件。
この事件以後もヒグマの被害は続発し、
北海道開拓の妨げともなっていた時期がある。
北海道をバイク旅行した時に言われたのは、
『だから野宿なんかしないようにしろ』
と言う事だった。
このご時勢に熊?
北海道が嘗てヒグマの被害に悩まされた経緯等知らない俺は、
内心全く信じていなかった。
第一、熊なんて見たこともないし、
時折事件になるにしても
自分とは無関係な世界の出来事だった。
そんな訳で
『気をつける』
と言って旅館を引き払い、
地図を見ながらこのあたりに野宿しよう等と考えていた。
バイク専用のホテルはあるが、
別に夏から秋に掛けての時期なので
夜の寒さは余り気にならなかったから
野宿でも問題ないだろうと考えていたのだ。
熊が出る云々など、
この時は綺麗に忘れていた。
夕暮れ近くまで走り、
国道沿いにある小さな公園を見つけたので
ここで野宿することにした。
地図には載っていないが、周りに民家もないために
不審者として通報される事もなさそうだったのが理由。
公園と言っても、今にも壊れそうな
ベンチとブランコと小さな砂場らしき物があるだけだった。
街灯もない為に月光以外に明かりのないこの公園は、
耳鳴りがするような静けさだった。
明らかに手入れされていないこの場所は実に不気味で、
一人きりで野宿する事を後悔した記憶がある。
闇が怖いと感じたのはこの時が初めてだった。
何しろ、自分の呼吸音すら周りに響いているのではないか?
と言う位の無音の世界に取り残されると
早く朝になってくれと心のそこから思ったものだ。
一人用のテントの中に潜り込むと、
MDを聞きながら早々に寝た。
何か人工の音を聞いていないと、
怖かったからだ。
ふと、テントの外から何か音が聞こえた。
脇に置いた腕時計を見ると、
微かに光る文字盤が夜中の一時をさしており、
寝入ってから三時間ぐらい経っていた。
MDはとっくに終わっており、
だからこそ外の音が聞こえたのだろう。
ずる・・・ずる・・・。
何かを重い物を引きずる様なその音は、
段々近くに寄ってくる。
その意味不明の音をぼんやり聞いていたが、
次の瞬間一気に目が覚める。
『熊に気をつけろ』
旅館の主人の言葉が、
予言のように脳裏によぎったからだ。
テントの中にむせ返るような臭さの獣臭?が入ってくると、
オレの心臓は16ビートを記録した。
しかし、いつまでたってもテントに対して
ちょっかいを出してこない事で、
少しだけ思考が戻った。
がくがく震える体を叱咤してそっと、
テントの外に聞き耳を立てると、
ほんの微かに獣の荒い息に混じって
人の声のようなものが聞こえる。
『・・・・・・・・・・』
何と言っているのか全く聞こえないが、
苦しそうな声?だった。
いや、うめき声というものかもしれない。
息苦しくなるような感覚を催した記憶がある。
テントの外を見ようとして、
入り口に手を掛けるが、
震えてなかなか開けなかった。
とっさに、近くにあったタオルを口に押し込む
顎が外れんばかりに、
ガタガタといい出したからだ。
金縛りにあったようにその光景から目を離せない。
耳に、咀嚼音がこびり付く。
血と排泄物の臭いが
辺りに充満していくのがわかったが、
どうしようもなかった。
真っ黒い大きな塊が、
人らしきものの上に覆いかぶさり、
腹の辺りに頭を突っ込んでいる。
そいつが顔を上げるともろに、
オレと目が合う様な位置だ。
押さえつけられた人?は仰向けで、
頭と足を黒い塊の前足らしきもので押さえつけられている。
その腕が時折痙攣し、
着けている時計が月明かりで黄金色に反射してオレの目を奪う。
顔は見えないが、苦痛のうめき声が止まらない。
時間にしてどれだけだろうか?
いつの間にか気を失っていたようで、
目を覚ますと頭上に太陽が見えた。
時計は15時を差している。
オレはすぐさま逃げ出そうとしたが、
ふと、襲われていた人間の事が気になった。
助かるわけない。
早く逃げるべきだ!!
その時は他人のことよりも
自分の身が大事だった。
あの光景を見た後では、
ロッテンもオグリも今となっては何も感じない。
あれは、テントの目の前で起きていたはずだ。
・・・なのに、何もなかった。
それどころか、
公園内には血もその臭いも、
熊のいた痕跡すら無かった。
リアルな夢でも見ていたのだろうかと思ったが、
思い出すだけで吐き気と震えが来る。
とても、夢とは思えなかった。
暫く呆然としていたが、
熊がいる可能性がオレを正気に戻した。
慌てて金目の物と、
最低限の物資をリュックに詰め込む。
テントも、ランタンも高価であったが、
放置して逃げ出した。
夢中で道を引き返し、
昨日の旅館に戻った時は日も傾きかけていた。
ふと、ミラーを見ると、
シャブ中のような顔色のオレ。
街中を走っていたら、
警察に止められそうだった。
時間を見ようとしたが、
どうやら逃げる時に腕時計を付け忘れたようだった。
旅館の主人もオレの顔を見て、驚いた様子だった。
オレの話を聞いた主人は、暫く黙った後で言う。
その公園は、随分前に無くなっているはずだという。
主人が子供の頃に公園の傍に小さな集落があったが、
市町村の統廃合の結果、余りに不便な場所なので、
其れを期に皆引っ越したらしい。
翌日、主人と一緒にその場所に行ってみたが、
オレの残してあったテント等以外には、何もなかった。
腕時計はあったが、
ふんずけた様でガラスが割れていた。
そういう訳で、オレはあれを夢だと信じる事にした。
実際、誰も死んだ痕跡はないし、
新聞でもそんな事件は報じていないからだ。
しかし、オレは旅行をする気分ではなく、
早々に帰ることにした。
せめてもの記念にと、北海道の金時計を買った。
まあ、これぐらいしか思い出にならないというのも無粋な話しだが、
何故か、その時計に目を奪われた。
頑丈なので、今でもその時計を大事にしている。
今年の夏は、もう一度あのルートで
北海道旅行に挑戦するつもりだ。
それは、幽霊なんていないという確証が欲しかった為でもある。

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