普通のおじいさん
2019/01/28
俺のうちは親父が地元企業に勤めていたから、
生まれてから一度も引っ越しをしたことがなく、
生まれた時から高校を卒業するまで18年間、
同じ所に住んでいた。
(大学は東京の私大だったのでそれ以降一人暮らし)
家と同じ並びで4軒ほど離れた家に、
おじいさんが一人暮らしをしていた。
俺が地元を離れる時もぴんぴんしてたから、
実際はそれほど年じゃない初老の人で、
子ども目線だから年寄りに見えたのかも知れない。
近所づきあいはあまりしない人だけど
偏屈ということもなくて、普通だった。
おじいさんの家は敷地の奥まった所に建ってて、
前は小さな空き地みたいになってた。
駐車スペースみたいな感じだが、車はなかった。
あとコンクリートやアスファルトで固めてもないから、
夏は雑草が伸びて、たまにおじいさんが草刈りしてた。
親からは
「ご近所の人には挨拶しろ」
と言われてて、
おじいさんも挨拶すれば返してくれた。
でも一つだけ普通じゃないことがあった。
1ヶ月に数回の割合で、
家の窓や、あるいは家の前に立って、
誰もいないその空き地に向かって
「出て行け」
とか
「出て行きなさい」
と怒鳴っていることがあった。
しかもその時は一回じゃなく何度も怒鳴るし、
普段はマトモで、たまに変になる人かと思ってた。
小学校の高学年にはなってたある日、
学校帰りに角を曲がって、あとは家まで一直線という時、
その「出て行け」と怒鳴ってるのに出くわした。
その家の前を通って4軒目が俺の家。
出くわしたことは前にもあったし、
「またか。やだな」
と思いつつ通り過ぎようとした。
そうしたら何故かその時だけ、
あの空きスペースにたくさん人がいたんだ。
大人じゃなくて、
その時の俺くらいの子どもばかり。
男の子も女の子もいた。
みんな道路に背を向けて、
おじいさんのほうを見て微動だにしなかった。
残念なことに、
俺はその場を離れず見ていたらしいのに、
子ども達がどうしたかは何故か記憶がない。
覚えているのは、おじいさんが
「見えたんだろう、すまんな」
と言ったこと。
もう子どもたちはどこへ行ったのかいなくなってた。
その時の会話はこんな感じ。
「あの子たちはなんですか?」
「わからない。俺も見えるだけでどうにも出来ない。
ただ、ああやって強気で怒鳴りつけないと、
家の中にも入ってくる」
そう言われた時、ちょっとぞわっとした。
子どもたちは別に半透明とかぼんやりではなく、
その場に存在しているようにしか見えなかった。
家に帰って話したら、お袋も知ってたし、
仕事から帰ってきた親父も至って普通に、
「見ちゃったか。気にすんなー。
この辺に住んでる人は、みんな見てるから。
なんかの加減で見えたり、見えなかったりするんだけどなー」
と言ったんでびっくりした。
だからおじいさんの奇行にも見える怒鳴り声を、
誰もおかしいと言わず普通に接してたんだ。
でもうちの近所も、もっと広い範囲の地域でも、
いっぱい子どもが死んだ事件とかはまったく聞いたことはないし、
誰もそんなことがあったと知ってる人もいない。