旨いトンカツ屋
2019/01/15
ある青年が、K県に行った時のこと。
空腹になったので、一軒のトンカツ屋に入った。
夫婦者でやっているらしい、小さく古びた店だった。
奥の座敷は住まいになっているようで、
子供がテレビを見ている姿がチラリと見える。
夫も妻も、無愛想で心持顔色が悪い。
他に客はいなかった。
しかしここのトンカツ、食ってみるとものすごく旨い。
あっという間平らげ、青年は満足した。
会計を済ませ、帰り際。
店主が
『来年も、またどうぞ』
と。
変わった挨拶もあるものだ、と青年は思ったが、
トンカツは本当に旨かったので、
また機会があったら是非立ち寄ろう、
と思い、店を後にした。
それから一年…
再びK県に赴いた青年は、あのトンカツ屋に行ってみることにした。
しかし、探せども探せども店は見つからない。
おかしい…住所は合ってるし、近隣の風景はそのままだし。
まさかこの一年で潰れた…とか?いやあんなに旨い店なのに。
仕方がないので、住民に聞くことにした。するとあの老人が、
「ああ、あの店ね。あそこは11年前に火事で全焼してね。
家族3人だったけど、皆焼け死んでしまって…」
そんな…青年があの店に入ったのは去年のことだ。
戸惑う青年をよそに、老人は続けた。
「毎年、火事で店が全焼した日、つまり家族の命日にだけ、
その店が開店する…って話がある。入った客も何人かいるようだが…。
あんた、去年入ったの?」
『来年も、またどうぞ』
帰り際の店主のあの変わった挨拶。
あれはつまり、来年の命日にもまた店に来いと、
そういうことだったのだろうか…。
恐慌をきたしながらも青年は、家族の命日だけは確認した。
案の定、去年青年が店に入った、その日だった…。
……その話を青年から聞いた友人は、
「そんなバカなことあるかよ。お前ホントにトンカツ食ったの?」
と。
青年は答えた。
「本当に食った!あんな旨いトンカツ初めてだったし、
それに子供が奥の部屋で見てたテレビ番組、
ルパン三世の曲だってことも憶えてる」
しかし青年は、しばらく考え込んでから呟いた。
「そう言えば、子供の首が無かった気がする…」