本家
2019/01/11
高校入学まもなくのこと。国語の授業中に苗字の話になった。「苗字で出身地がだいたいわかる」とか「明治以前、どんな仕事をしていたかが苗字によってわかることもある」とかそんな話を先生がしていた。
俺の苗字はきわめて安易につけられたようなもので、その地域によくあるものだ。(仮に「ジャクソン」とする。日本の苗字使うと問題ありそうだからコレでw)
俺は入学したてにもかかわらず、なぜかその先生と仲がよかった。そのため、先生がふざけて俺の苗字をバカにしたのよ。「ジャクソンなんて、ほんと安易なつけ方だよなぁ。しかもここいらはジャクソンだらけじゃねーかw」
明らかに先生がふざけているのがわかったので、俺もふざけて「何言ってるんですか。ジャクソンは昔からある由緒正しい姓ですよw。しかもうちはジャクソンの中のジャクソン、いわばジャクソンの本家ですよw」教室にいた誰もが笑ってた。みんな冗談だってわかっていたから。
その授業があった次の日のこと。家に帰ったら、母親が怪訝な顔をして聞いてきた。
「あんた、学校で何か変なこと言った?」
「いや、特に言ってないけど…」
「あんたのクラスに同じ苗字の子いる?」
「あ~、いるな。それがどうかしたの?」
「その子の母親から電話があったのよ。『御宅はジャクソンの本家なんですか?お子さんが学校で言っていたそうなんですが、』って」
「マジで?…。国語の授業中に苗字の話になったんで、ふざけて言ったけど…」
「冗談でもそういうことを言うのはやめなさい。その子の母親が『我々はジャクソンの本家を探してます。冗談だとは思ったんですが、もしやと思って電話してみました。もし、本家の情報をお持ちでしたら教えてください』って言ってきたのよ。ちょっと怖いんだけど」
「……わかった。冗談でもやめとく。しかし、世の中にはいろんな人がいるもんだねぇ」
同じクラスのジャクソン君は、とっても真面目な感じ(というか暗~い感じ)のヤツで、仲良しグループも違ったので、まったく話をしたことがない。といっても、わざわざ親に電話をかけさせるなんて、おかしいだろ。国語の授業の後、直接俺に聞けばいいのに。
母親とふたり、なんともいや~な気分になったのを覚えている。このことは友達には言わないでおいた。次の日、学校でジャクソン君に会ったが、俺も向こうもお互いに何もなかったかのように振舞った。
さらに一月ぐらいたった時のこと。相変わらず俺は彼を避けていたが、ジャクソン君にもぽつぽつ友達ができたようだ。その友達がジャクソン君にある質問をした。
「なあ、なんでジャクソンはそんな変な髪形してるの?誰にあこがれてるの?何を目指しているわけ?w」ジャクソンは見事な七三分け、いや八二分けといったほうがいい髪形をしている。それだけならさほど変でもないのだが(七三分けの高校生ってあまりいないけどね)、両サイドと後頭部を思いっきり刈り上げている。「ツーブロック」って言うの?そんな感じだ。
しかも、ポマードで髪をペッタリとなでつけている。もし漫画「オメガトライブ」を知っているなら、梶秋一を思い出してほしい。あるいは芸人の鳥肌実をググってくれ。
「なぜ変な髪形をしているのか?」これは誰もがずっと思っていたことだった。ただ、ジャクソン君はなんとも危ない暗いヤツだったので、誰も聞かなかったのだ。
教室にいた者、みながジャクソン君の答えを待っていた。そっぽを向いて興味がないふりをしつつ。
「何でそんな変な髪形なの?」そう聞かれた瞬間、ジャクソン君はそれまで見せたことがないほどの勢いで「取り消せ!その言葉を取り消せ!変だと!?この髪型が変だと!?ふざけるな!この髪型はジャクソン家に代々伝わる由緒正しい髪型だぞ!ジャクソン家を継ぐ者は誰もがみなこの髪型にするんだ!さあ、今すぐその言葉、取り消せ!!」
ジャクソン君は鬼のような表情で、とても冗談とは思えなかった。質問したやつは真っ青な顔で謝罪した。それ以降、ジャクソン君に話しかけるものはいなくなった。
俺は「うちがジャクソンの本家」などと冗談を飛ばしたことがどれほどヤバイことか理解した。背筋が少しずつ冷たくなっていった。その後は卒業まで特に何も起こらなかったが、ジャクソン君には絶対に近寄らなかった。
念のため言っておくが、うちのジャクソン家にはそんな髪型を継ぐ風習はない。