笑い声と読経
2018/12/28
俺がまだ学生だったときの話。
当時、父親が入院してて、
母親は夜勤がある仕事。
そんなわけで、
深夜に母親が帰ってくるまでは、
ほぼ一人暮らし状態。
中学~高校と6年間
こんな生活だったころに体験した内の一つです。
その日はひどく疲れていたので、
日課の歯磨きをしてすぐに床に就いた。
多分夜の10時ぐらいだったと思う。
アパート暮らしで4Fに住んでた。
外は大雨で窓をバチバチ鳴らす音を
今でも覚えている。
季節は今頃だった。
疲れている割になかなか寝付けず、
うんうん唸りながらも、
ようやくウトウトしかけた頃だった。
「・・・アハハハハ・・・」
寝ている頭の先、窓の向こう側の方向から、
すごく遠くで子供の笑い声が聞こえた。
それも複数の笑い声。
ちょっとだけゾッとした。
が、寝た時間が早かったから、その時は、
この時間に子供が歩いていてもおかしくないよなぁ、
ぐらいにしか思わなかった。
せっかく気持ちよく寝付きかけたのに、
とイライラしていると、暫くして、
「アハ、ハハハ、アハハハ」
今度ははっきり聞こえた。
さっきよりも声が近い。
よく考えたら、雨音が激しい夜で、ここは4F。
路上の声など聞こえるはずも無い。
この時になって始めて、
自分の体が動かせないことに気付いた。
やべ、金縛り?うそ?まじ?、
みたいな自問を繰り返しながら
各関節に力を入れるも、まるで動かない。
ほぼまっすぐな姿勢のまま硬直。
声が出ない。
瞼に力が入ってるのは認識できるのに、
目も開かない。
過去に何回か金縛りになったことはあったが、
この時は異常なほど不安になって、
どうにか動こうと大きく息を吸い込むと、
「ハハアハアハハアハハアハハアハハハアハハハハハハハアハハハ」
すごく近い。
窓のすぐ外。
しかも水平の位置から。
何人もの子供の笑い声。
ありえねぇ、ここ4Fだよ、洒落になんねえ、やべえよ・・・。
もう完全にパニック。
脂汗が出てるのが分かるぐらい
全身の感覚はあるのに、まったく動かない。
子供の声は笑いながらどんどん近づいてくる。
一定の間隔だった笑い声も聞こえっぱなしになってきた。
「アハハハ!ハハハ!アハハハハハ!アハハハ!」
もう完全に頭の上。
耳が痛いぐらいのすごい大音量。
この辺からはついにあきらめて神頼み。
たすけて、すいません、ごめんなさい、
なにもしないでください、云々・・・。
悲しいもので、
こんな後ろ向きの言葉しか出てこない。
それでも必死に心の声を振り絞る。
でも、そんな想いとは裏腹に、
笑い声は頭頂部まで近づいた後、
あろうことか顔面を中心にグルグルと回り始めた。
子供の笑い声も怖いが、
その音量の大きさに気が狂いそうになる程。
体も布団もぐっしょり汗まみれ。
体の感覚だけやたら鋭いのに、
動かない、声も出せない、目も開かない。
どうにもならないストレスと得体の知れない笑い声、
さらには耳をつんざくような大音量は、まさに生き地獄。
どれだけの間その状態だったか定かじゃないが、
えらく長い時間に感じた。
もうだめかも、と思いかけたら、
今度は右手の方向から遠くの方で別の声。
すごく野太い男性の声で、
なにやらウーウー唸ってる感じ。
これまただんだん近づいてくる。
近づいてきてようやく、
唸っているのは坊さんが
念仏を唱えている声だと分かった。
太鼓のような音も混じってる。
グルグル回る大音量の子供の笑い声。
その右側からは大音量の坊さんの念仏。
頭が割れそうに痛い。
鼓膜も破れるんじゃないかと思いながらも、
必死に、たすけてー!たすけてー!を連発。
もう声なのか爆音なのか分からないぐらいになって、
本当にもうだめだ、と思った瞬間、
フッと体が軽くなった。
「うわーーーー!」
声が出た。
ガバっと布団を蹴脱いで飛び起きると、
今までの大音量が嘘の様な静寂。
ただ時計の音だけが耳に付いた。
深夜2時過ぎ。
「夢・・・でしょ?・・・」
自分に言い聞かせるも、全身汗でびっしょり。
体は小刻みに震えていた。
しかも、布団に入っていたのに
何故か手足が冷たい。
普通に思い返すと怖いので、
夢、夢、絶対夢!と無理やり納得させつつ、
顔を洗うのと、喉の渇きを癒すために洗面所へ。
と、そこで愕然。
洗面所には、食卓でしか使わないグラスが。
しかも、水がなみなみと注がれている。
「うそ・・・」
洗面所にこのグラスを持ってきた覚えは無い。
というか、寝る前に歯磨きしたときは
確かに無かった。
家には俺一人・・・。
子供の笑い声と、
坊さんの念仏が一瞬頭をよぎる。
と、その時、
ガチャ!
洗面所から程近い玄関のドアが開く音。
ビクッ!と本当に飛び上がって、
玄関に恐る恐る近づくと・・・・
「あら?あんたまだ起きてんの?」
母だった。
「・・・あ、うん、・・・ちょっと・・・」
しどろもどろになりつつも
ホッと一息ついた時、母が一言。
「あんた、顔真っ青やん。どうした?」
言われて玄関の鏡を見た。
真っ青と言うより真っ白。
まるで血の気が無かった。
ただ耳の周りだけが異常に赤かった。