裏道で
2018/12/17
3年前の9月初め、金曜日だったと思います。
天気は覚えていませんが、少なくとも雨は降っておらず、まだ暑さの残る日でした。
自分の上衣はストレッチ素材の薄いフレンチスリーブ一枚だったことを覚えています。
私は彼のアパートに行くため、夜9時過ぎに都内某地下鉄の駅で降りました。
交通量の多い幹線道路はありますが、商店も殆ど無く寂しい雰囲気のところです。
彼の家に行くには駅を出てすぐ裏に入り、幹線道路と平行に続く細い道を3分ほど
歩けば最短ですが、お土産にビールを買うため、少し離れたコンビニに寄り、その脇から裏道に入りました。
そのあたりは古い住宅街で高い塀に挟まれた道が細く曲がりくねり、
街灯も少なく、はっきり言って防犯上も夜はあまり通りたくないところです。
不安を紛らわすという目的もあって、私は歩きながら彼に電話をかけました。
「あ、もう駅出てそっちに向かってるから。ビール買ったよー・・」
等と話しつつ、暗い街灯の下を通り過ぎようとしたところでした。
なにかの気配を感じて振り向くと、街灯の真下、高い塀の上から人間の上半身が出ていました。
直立不動でまっすぐ前を見据えたまま45度くらいこちらに傾斜して、若い男が突き出ていました。
距離は1M弱、街灯に照らされた土気色の顔も、来ている服もはっきりしています。
塀は男の腰骨のあたりよりもだいぶ下です。これだけ斜めに乗り出して
何にも掴まらず直立不動の姿勢を保つことは無理です。
あまりに不自然でした。
私は悲鳴をあげました。
私の大声にもその男は全く動きません。
目も動かさないのです。
つながったままの電話の向こうで彼が何か言っているのが聞こえ、我に返った私は走りだしました。
泣きながらめちゃくちゃに走り、駅前まで戻って震えているところを彼に助け出されました。
訳を話すと、彼はその場所に行ってみると言い出しました。
私はしばらく拒絶していましたが一人になるのが絶対に嫌でしたので、少し離れて後に続きました。
街灯のところまで戻りましたが、何もありません。
男が居た塀の裏は駐車場になっていました。さっきの姿勢を取るには
何かの上に乗って後ろから誰かに支えてもらうしかないでしょう。
「いたずらじゃないの?女の子驚かそうと思って。」と彼は言いました。
あまりにはっきり見えたため、一瞬「そうなのかな」とも思いましたが、
気が付いてしまいました・・・男が分厚い鮮やかなオレンジ色の
セーターを着ていたことを。
少し濃淡のあるアクリルっぽい毛糸、大きな縄編模様、そして
70年代風のボサボサセミロングヘア。
とてもセーターなど着るような日ではなかったのです。
夜になっても少し歩けば汗ばむ陽気でした。
私はまた泣き出し、彼にその場所から離れさせられました。
情けない話ですが、そのあと半年程TVとラジオと家中の電気を
つけっぱなしで過ごしました。
それまでもその後も幻覚幻聴その他を経験したことはありません。
バイクに乗る人なら夏でも厚着をするんじゃないか、
重い精神疾患の人なんじゃないか、等など考えてみましたが、
どうにも納得のいく答えが出ません。
できれば実在の人物だったと思いたいです。