見ているはずはないのだ
2018/09/23
その日の私は確かに夜勤明けで疲れていた。
午前5時半、車内はガラガラにすいていたので人掛けソファに腰を降ろした。
私はぼんやりと車窓の景色を眺めながら、正月などの予定を考えていた。
気がつくと、途中から彼らが目の前に座っていた。
国籍不明、3人の白人。男性。
いつ座ったのか私の意識の中にはない。
3人ともよく似ていた、痩身。
透き通るような白い肌、撫で付けられた金髪。大きなブルーの瞳。薄い唇。うっすら生えた口髭。
彼らは一言も言葉を交わす事なく3人並んで行儀よく腰掛けていた。
私の関心はすぐに彼らから逸れ、また窓の外の景色に移った。
暫くして急に強い視線を感じて、私はその方向を見やった。
先ほどの3人の白人の内、左端の1人がこちらを見ていた。
いや、正確には見ているわけではない。
彼は目を閉じているのだから。
目を閉じた状態で、まっすぐこちらに顔を向けているのだ。
目をつぶった顔と真正面に向き合うというのも変なものだ。
「見られてる」
何故かそう思った。
そんな事は有り得ないのだが。肉の薄い目蓋は全く無表情にツルリと眼球を覆っている。
マツゲも短いから本来目のあるべき所を粘土で塗り潰したような感じだ。
男の顔は死顔に似てるな、と思った。
そう思うとなんだか気味が悪くなって、私は男から社内広告へと目を移した。
再び強い視線を感じた。
目を向けると、今度は3人とも目をつぶってこちらを見ていた。
いや、見ているはずはないのだ。
3人とも目をつぶっているのだから。
分かっていても無償に居心地が悪い、3つの死顔に囲まれているような気がする。
目蓋を突き抜けて、こちらの心を見透かされているように感ずる。
私はないはずの視線から逃げるようにして席を横にずらした。
気を紛らわせようと、私は鞄から文庫本を取り出して読み始めた。
突然、車体がガクンと揺れた。
その拍子に何気なく彼らの方に目をやると・・・
揃って同時に、こちらに顔を向けた。
目をつぶったまま。
見えてるのか?いや、偶然だろう。
車体が揺れたので首の向きが変わっただけだ。
たまたま、その方向に私が。。。
私はもう一度、席を替えてみた。
6つの目は相変わらずピタリと閉じられているのだ。
文庫本を読む。
文章が全然、頭に入ってこない。
ガランとした車内を静かに、重苦しい時が過ぎて行った。
恐る恐る顔を上げて盗み見ると・・・
3つの顔が、並んでこちらを向いていた。
「見られている!」
瞬時にそう確信した。
無論、彼らの目は閉じられたままだ。
それでも彼らは目を閉じたまま私を見ている!
全身に悪寒が走った。
と同時に、キーとブレーキ音が車体を軋ませる。
私は思わず文庫本を取り落としていた。
その瞬間、3人の白人は笑い出した。
歯を見せてゲラゲラと笑い出した。
相変わらず目を閉じたままで。
ドアが開いたのを幸い、私は駅名も確かめずにあたふたと車外へ飛び出した。
後ろを振り返らなかった。
だって、もしあの3人の白人が窓越しにこちらを見ていたら余計に怖いではないか。
目を瞑ったままで・・・。
あれは一体なんだったのだろうか?
私は寝ぼけていたのではない。
今でもありありと3人の笑い顔を思い出す事ができる。
特に最後の瞬間に見た彼らの歯は忘れようもない。
彼らの歯は茶色く変色し、一本一本が小さく、しかも尖っていた。