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口紅の人

2018/06/22

スイミングスクールに通っていた小学五年生くらいの今ぐらいの季節の話。
学校が終わり、いつものように友達とお迎えのバスに乗ってプールへ。
最初にみんなで体操をするんだけど、そのときにいつもと違うことに気づいた。
練習を見守る父兄の中に、なにやら浮いた存在の女性がいる。
見た感じ三十代後半、肩までの黒髪でソバージュ、でかいイヤリング。
なにより、切れ長の目と、真っ赤な口紅、真っ白で無表情な顔が怖かった。
「うはw誰の母ちゃんだよwテラコワスww」
的なことを友達Aと言い合いながら練習が終わり、さっさと着替え、自販機コーナーであったかいミロを飲みながら帰りのバスを待っていると、Aがおれに話しかけてきた。
「さっきの口紅のヤツ、M(おれ)のことずっと見てっぞ」
そっちを見ると、目が合った。
「お、おれ知らねーよ!あの(同じ級の)デブ女の母ちゃんだろ!」
とか適当にごまかしつつも、チビリそうなくらい目が怖かった。
そんなこんなでバスの時間になり、特等席の一番後ろにみんなで座って出発を待ってた時。窓側にいたAが、突然小さい声で言った。
「おいM!あれホントにデブ女の母ちゃんか?あそこにいる!」
指さした先には、入り口付近からこっちをじっと見ている口紅の人がいた。
その時にはもう他の方面へのバスは出ていたので、おれらと逆方面に住んでるデブ女の母ちゃんではないはず…。
じゃあ誰?と思ったが、そんなことよりJリーグカードの話に夢中になっていた。
近くの大通りまでバスに揺られ、そこでみんなと別れて自転車で帰った。
家に着いて飯食ってフロ入って寝る時間。
口紅の人のことも忘れかけていた。
兄弟三人川の字で布団に入ってたんだけど、両隣の兄と弟はもう寝ていた。
足の方向に、ふすまを隔てて両親が寝ている。
豆電球のオレンジ色の中で、そのふすまの上のらんまを眺めていた。
聞こえるのは寝息だけ。
ウトウトしかけたとき、ふすまの方から女の人の囁きが聞こえた。
「も…す………、……しゅ…………に…」
うっすら目を開けると、らんまの奥に赤いのと白いのが目に入った。
無表情でおれを見下ろしている、口紅の人だった。
「…!!」
「も…す…し…、……しゅ…………に…」
恐ろしくて恐ろしくて、目をつぶれない、動けない、叫べない。
「も…す…し…、……しゅ…すだ…に…」
ふすまが少しずつ開いてきた。
「も…すこし…、せ…しゅ…すだ…に…」
声だけが近づいてくる。
ぅぅぅぁぁあ阿あ唖h亞ちょfjdわwgふじこ!!
やっと叫ぶと、家族全員起きだし、気づいたら口紅の人は消えていた。
夢でも見たんだ。
迷惑なヤツめ。
みたいなことを言われ、怖くて眠れなかったがそれ以降は何も起こらなかった。
それ以来、その口紅の人が怖くて、時代はサッカーだと友達に言い訳してプールをやめた。
以下、プール友達経由で聞いた話。
口紅の人を見る前の回に行われた進級テストで、おれとAが選手クラスに合格していたが、Aも結果を知る前に突然プールを辞めた。
通う曜日は違うが、同じ級で、プールに直接来る途中に母親と交通事故で亡くなった男の子がいた。
その母親はすごく熱心だった。
Aとは違う小学校だったので推測だけど、その母親が合格したおれとAのところに現れたんだと思う。

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