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はずされた鏡

2018/06/14

俺が小学五年生の頃だったと思うけど...家に古い化粧台があったんだ。
開くと両側の扉にも鏡が付いてるやつで三面鏡って言うのかな?
それが二階の両親の部屋にあった。
ところがその三面鏡(←名称わからんけどそう呼ぶことにする)左側の鏡が取り外されてて付いてないんだ。
母親に話を聞くと、どうやら気味が悪いので外したらしいが詳しくは教えてくれない。
「もう捨てるから気にするな!」
と強い口調で言われたので、それ以上の追求は残念ながら断念するしかなかった...。
ある日の夕方、物置を探索していて偶然にも外された鏡を発見した。
俺は当然の事ながらそれを取り付けてみようと思った。
とりあえず覗いたり、振ったりしてみたのだが、そのままでは何の変哲も無い鏡だったのでツマらなかったからだ。
母親が一階の居間にいたのでコソーリと階段を上って両親の部屋に入った。
目的の三面鏡は閉じられたままで部屋の片隅にある。
とりあえず開いてみたが何も起きない...。
当たり前だ!
毎日母親が問題無く使用しているのだ!
俺はさっさと左側の扉に鏡を取り付けてみる事にした...。
・・・無理に取り外したのだろうか?
金具が馬鹿になっているらしく、なかなか鏡がハマらない。
困って部屋を見回すと棚の上にガムテープがあったので、大雑把だがペタペタと鏡を貼り付けて何とか完成!
苦労の甲斐あってめでたく三面鏡は元の姿を取り戻した。
椅子に腰掛けて鏡を覗いてみる。
まずは正面...何もおきない。
視界にはもちろん左右の鏡も見えるのだがどちらも異常なし。
ちょっと緊張ぎみで間抜けな俺の顔が映っているだけだ。
期待はずれである。
では、と問題の左側の鏡だけを見てみることにした。
体勢を左にずらして食い入るように鏡を覗くこと数分間...やっぱり何もおきない。
「何が気味が悪いだよ!何でもないじゃん!」
幼き好奇心を見事に裏切られた俺は、母親に文句の一つも言ってやろうと思い椅子を立ち上がろうとした。
・・・その瞬間!左側の鏡が『ガクッ』と傾いた!
慌てて両手で鏡を押さえつける!
ガムテープで強引にくっ付けたのが悪かったのだろうか?
扉から外れてずり落ちそうになった鏡を落下寸前で救出した俺は椅子に座り直した。
再び三面鏡を復旧してから母親に文句を言おうと思ったからだ。
「あれ?」
俺は鏡の変化に気付いた...。
・・・曇っている。
さっきまで俺の姿をちゃんと映していた鏡が今は白く曇ってぼんやりとしか映らないのだ。
『ドクンッ』
と俺の心臓が激しく鳴った!
・・・嫌な予感がした。
なんとなく部屋の空気までもが変わった気がする。
張り詰めたようにピーンとした感じ...。
湧き上がってくる恐怖感に耐え切れず俺は部屋から逃げようとした。
鏡など放り出してしまえばいいんだ!
そう思って椅子から腰を浮かしかけた。
その時!
『ポンッ』
と後ろから右肩を叩かれた。
そのまま肩に手を乗せられている感触がする...。
「・・・なんで後ろから?・・・右の鏡なのに...」
思ってもいなかった出来事に自然と体の力が抜けていく。
そして俺は再び椅子に腰を降ろしてしまった。
鏡は捨てきれずに両手に持ったままで...。
肩にはまだしっかりと置かれた手の感触...軽く押さえつけるような重みがある。
俺はガクガクと振るえる膝に置いた鏡から視線を外し、恐る恐る右肩に視線を移した...。
・・・白く細い指・・・紅くて長い爪・・・甲に血管が青く浮き出た女の右手が俺の肩を握り締めている!
「うわぁぁぁっー!?」
叫んで俺は再び逃げようとした。
しかし身体が凍りついたように動かない!
恐らく叫び声も実際に出せてはいないだろう。
だが女の手はそれを察知したかのように『グッ』と力を込めた!
女の指先が痛いくらいに肩に食い込む。
俺は思わず後ろを振り返った!
・・・何故か身体は動かすことが出来た。
痛みが刺激となって恐怖で麻痺した神経を回復させたのだろうか?
振り返って...さらに俺は在り得ないモノを見た!
『・・・鏡から女の腕が生えている』
それを見た瞬間、俺はそう思った。
三面鏡の右側の鏡は左側とは対照的に表面は黒く濁っていた。
その鏡の端々から中心に向かって、半透明の無数の根のようなモノが浮き出ている。
そして鏡の中心から伸びた異常なまでに白く細長い腕...。
俺の右肩を掴んでいる女の手の指先、紅く塗られたその爪が花びらを連想させるからだろうか?
細長いその腕はまるで『茎』のように俺の目には映った。
それは闇の中から生える青白い植物のようだった...。
「ぐわぁぁあーっ!」
自分の体の中に響くほどの叫び声をあげた俺は部屋を飛び出し階段を駆け下りた!
とりあえず人の居る場所へ...母親がいる一階の居間へ行きたかった。
尋常ではないスピードで駆け下りている為に時折足がもつれる。
しかし止まる訳にはいかない。
最後には転げ落ちるようにして俺は一階にたどり着いた。
・・・息も絶え絶えになりながら俺は居間へと向かう。
鏡はすでに手に持ってはいない。
多分あの部屋から逃げるときに床にでも放り捨てたのだろう。
割れる音がしなかったので投げつけたりはしなかったと思うが...。
階段から居間、さらにその先の玄関までは一直線に廊下で繋がっている。
今の俺から見ると廊下の左手に居間、正面に玄関、右手側は壁で途中に大きな窓がある。
窓から射す光は既に赤みがかっており、闇の訪れまでは後僅かというところだった。
ふと正面を見ると、さっきの叫び声を聞いたのか母親が不安そうな顔で廊下まで出てきていた。
一瞬安堵感が込み上げたが、それは瞬く間に怒りに変わった。
そう!なぜ俺がこんな目に会わなくてはならないのだ!
「み...みぐぃ...」
『右の鏡を外しとけ!馬鹿ぁ!』
と言いたかったのだが、喉の奥がからからに乾いていて声にならない...。
何も言えないことが悔しくて俺は母親の顔をじっと睨んだ。
しかし母親は俺の目に視線を合わせようとはしない。
『なんだよ!無視してさぁ!』
と思いながらもよく見ると母親の視線はただ一点、俺の右肩に注がれていることに気が付いた。
『・・・右肩!?』
『まさか!』
と俺は思った!
いや、そんなはずは無い!
だってここは一階だ!
俺は二階の両親の部屋から必死になってここまで逃げてきたんだから!
だから!!
『・・・手なんてある筈は無いんだ!』
そう期待して俺は自分の右肩にゆっくりと視線を落とした。
・・・しかし甘い期待は裏切られた。
そこには先程と何も変わらずに俺の肩をしっかりと掴んでいる青白い女の右手があったのだ!
思わず俺は体を捻り、駆け下りてきた階段の方を見て愕然とした!
・・・伸びている・・・女の腕は階段のその先・・・二階からずっと伸びているのだ!
恐らくあの鏡の中からずっと...。
『・・・何故!どうして!?』
もう気が狂いそうだった。
だが俺は意を決して最後の抵抗を試みた!
左手で女の右手の甲を掴む!
『ゾクッ』とくるような冷たさに一瞬怯みかけたが構わず俺は女の手を引き剥がしに掛かった!
それに気付いたせいだろうか?
女の手は再び俺の肩を『グッ』と握り締めた。
次の瞬間!
女の手が物凄い力で俺の肩を引っ張った!
予期せぬ出来事にバランスを崩した俺は、女の手にしがみつくような体勢で廊下に倒れこんでしまった。
それでも女の手は肩から外れることは無く、少しずつ俺の体を階段の方へと引きずっていく
「・・・駄目だ」
俺の心は生まれて初めての感情に黒く塗りつぶされた。
それは『恐怖』では無く『絶望』だった。
このまま俺は二階まで引きずられて、あの三面鏡のなかに引き込まれてしまうんだとそう思った...。
不意に俺の頭の上...やや後ろの方から声が聞こえた。
「待ってなさい!すぐに助けてあげるから!」
・・・母親の声だった。
いつの間にか母親は俺の近くにまで来ていたのだ。
母親は一瞬だけ俺に向かって優しい笑みを浮かべると、迷うことなく俺の傍を離れて階段へと全力で走り去った。
・・・俺の肩を掴んでいる女の手を外すのは不可能だと判断したのであろう。
二階へと伸びている女の腕の脇を擦り抜けるように階段を駆け上がっていく。
俺を苦しめている元凶であるあの鏡をどうにかするつもりなのだと俺は思った。
「・・・ごめんなさい」
俺を助ける為に、自らの危険も顧ず二階へと向かってくれた母親に対して精一杯の気持ちで謝った。
「本当に...ごめんなさい」
涙で滲んだ視界には、すでに母親の姿は映っていない。
それでも俺はただ謝り続けた...。
その時
『ガシャーン!』
と激しい音がした!
続けざまに
『ドスッ!』
と何か重いものが二階から落ちてきたような音が廊下の窓の外から聞こえた!
「・・・あれ?」
気が付けば右肩の感触が消えている。
あわてて見てみると、あの女の右手は綺麗さっぱりと消えて無くなっていた。
「・・・ありがとう」
俺は素直な気持ちで母親に感謝した。
きっと、あの三面鏡の鏡を母親がどうにかして割ってくれたのだろう。
そして三面鏡を窓から投げ捨てた...。
あの音は三面鏡が落ちてきたときの音なのだと幼き俺はそう確信した。
俺は二階から降りてくるであろう母親を待たずに廊下にある大きな窓に近づいた。
この窓のちょうど真上が両親の部屋の窓になる。
あの三面鏡があった部屋の窓からモノが落ちてきたのならば、この廊下の窓を開けるとそれがハッキリと見えるはずなのだ。
安堵感が心の奥で眠っていた少年の好奇心を呼び起こした。
幾多の困難を乗り越えて敵を打ち倒した勝利者の気分に浸りながら、俺は勢いよく廊下の窓を開いた!
・・・そこにあったモノは体の至るところにガラスの破片が突き刺さり、血まみれで倒れている母親の姿だった...。
その足首には、くっきりと女の『左手』が強く握り締めた痕があった...

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