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路地に立つ女

2018/06/11

もう10年以上前、俺が横浜に住んでいた頃の話。
その頃バンドを組んでいた(バンドブームってやつ)俺は練習を終えて自宅に帰ろうと、横浜駅を出た。
季節は夏の終わり頃、時刻は23:30を廻っていただろうか。
いつもはバスで10分ほど揺られて家に帰るのだが、その日は時間も遅くバスはもう終っていた。
まあ歩いても20分もかからない距離だし、いつもの事なのでぶらぶらタバコ吸いながら歩き出した訳だ。おれの家は三ツ沢公園の近くにあり、帰るには第三京浜の三ツ沢入り口に通じる急な登り坂を登っていかなくてはならない。
道を挟んで自動車学校があるあたりに差し掛かった時、ふとあるものが目にとまった。
金網に隔てられた道の外側は急な斜面になっていて、かなり下の方に家が建っている。
その家の間々から奥の路地が見える。
街灯と近所の家から漏れる灯りで明るくなっている路地に女が立っている。
ちょっと長めの髪で赤いべっ甲風の髪留めをつけている。
あれっと思ったのはその服装だ。
下半身はスリップ(シミーズ?薄いスカート状の奴)一枚のみ、上半身は何も着ていないように見える。
「おいおいまじかよ、どっかのおばちゃんが涼んでるのかぁ?」
と思い、スケベ心全開で金網に近づき、目を凝らした。
かなり遠くてよくわからないが、若い女らしい。
「うおーっ、なんかいいもの見えるかも?」
と立ち止まりさらに凝視。
その間10秒位だろうか、女が顔をこちらに向けたような気がした。
俺は「あっ!やべえ!」と思いあわてて歩き出した。
歩きながら横目でチラッとその女を見ると、こちらをジーッと見てる感じ。
まあ離れているし暗いし、こっちがどんな奴かわかるまいと思ってそのまま歩いていた。
少し歩くと上から女の人が歩いてくる。
ぼんやり見上げると、7~8mくらい前にいる女はベージュと黒のチェック柄の、ウールっぽいスーツを着込んだOL風の人だ。
俺は再び目を前の道に落とす、その瞬間、女の肩口が目に入ってきた。
女が目の前にいた。
ハッとして目を上げると、女は俺の横を通り過ぎながら
「なにみてるのよ」
とささやいた。
一瞬髪の毛の間からこちらを見ている、
悪意に満ちた眼差しと目があったような気がした。
そしてすれ違う一瞬、髪の毛の赤い髪留めが視界に入ってきた。
思わず棒立ちになる俺。
俺は軽いパニック状態で
「やべー俺が下の女を見ていたのを咎められたのか、でもそんな事あのOLにはわからないだろ?っていうかあのOL、下の女と同じ髪留めしていたぞ。あのOLが下の女だったのかでもそれじゃ位置と時間関係めちゃくちゃじゃんか。あのOLの服装は今の時期には暑くて普通は着ないだろ?それにどうにも古臭いデザインだあれじゃ昔の「無責任シリーズ」か何かに出てくるOLのスタイルだ」
ふと気づくとすれ違ったOLの足音が消えている。
振り返りたい衝動に駆られたが、あのOLが少し離れた所で立ち止まりこちらを睨み付けているイメージが頭の中に浮かんできた。
そして実際その気配がビンビン伝わってくる。
もういけません。
俺は頭のなか真っ白になりながら歩き出した。
走りたいけど走れない。
今思えばあれが腰が抜けた状態と言うのだろう。
とにかく後ろを振り返るな!と自分に言い聞かせ、へろへろになりながら家路を急いだ。
俺の体験談は以上です。
その後夜にあの道は絶対歩かなかった。
バンドで遅くなる時は星川(ローカルですまん)のバンド仲間の家に泊めてもらうようにした。
この出来事が何だったのか今でもわからない、記憶違いとして片付けてしまいたいが女を覗き込んだ映像もはっきり覚えてるし、OLとすれ違った時に、Tシャツ着てて剥き出しだった俺の腕にこすれたウールのスーツの感触も覚えてるんだよね。

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