自動販売機の下に落ちていたPHS
2020/03/09
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もう十年以上前の話。
当時住んでいたマンションの近くに舎人公園があり、
毎晩十時過ぎに五キロほどジョキングした。
梅雨の合間、三日ぶりくらいに走ると体がきつくなり、
途中のベンチで休むことにした。
しばらく夜風に当たっていると、かすかに携帯電話の
呼び出し音が聞こえてきた。
自分の携帯は置いてきた。
誰か近くにいるのかと当たりを伺うも、人影はまったくない。
目の前には一台の自動販売機があり、そこから音が漏れている感じがした。
機械のトラブルかと思い、立ち上がって近づくと、販売機の下から音が鳴った。
這いつくばって地面を覗くと、携帯が転がっている。
しかしそこに手が入る隙間はなく、取り出すことを諦めてその夜は帰った。
翌日、太い針がねを持って現場に戻り、ピッチを回収。
かなり古い機種で完全に電源が切れており、どうして鳴ったのか、一瞬背筋がぞっとした。
数日後、秋葉原のジャンク屋で充電器を手に入れ、ピッチの電源を
復旧しようとしたが、それすらできなかった。
自分でも何がしたいのか分からなくなって、ピッチと充電器をゴミ箱に放り込んだ。
その夜、真夜中に枕元の携帯が鳴った。
寝ぼけたまま電話に出ると、か細い女性の声が聞こえてきた。
もしもしと話しかけるが、声はこちらを無視して何か喋っている。
「怖いよ、怖いよ、怖い、怖い、怖い」
耳を凝らすと同じ言葉を繰り返している。
気味が悪くなって思わず電話を切ったが、すっかり目が覚めてしまった。
若い女性が激しく怯えていた。こちらの問いかけを無視して、
「怖い」感情だけを伝えて来た。
ただ事ではない。
携帯の着信履歴を思い切ってリダイアルして、思わず悲鳴を漏らしてしまった。
ゴミ箱から呼び出し音が鳴った。
体が硬直して動けないまま、部屋の中で携帯の呼び出し音が鳴り響いた。
ゴミ箱はキッチン冷蔵庫脇に置いてあり、そこに誰かいることを想像して、
パニックになった。これまで幽霊など一度も見たことがなく、
霊感など全くないと思っていただけに、もしかしたら幽霊を見るのかも
しれないと感じた。なぜだか分からないが、電話をかけて来た女性はもう
この世にいないと感じた。
一分くらい呼び出し音は鳴っていたと思う。部屋の中に女性の霊が
来ているのだと意識しながら、どうしていいのか分からなかった。
しばらくたって落ち着いたが、不安な気持ちは払しょくできず、自分の部屋にいる
かもしれない女性についてネットで調べてみた。
平成2年2月12日東京都足立区の都立舎人公園で頭、両足、胴体の4つに切断され、
2ヵ所に分けて埋められている全裸女性死体が発見された。
頭と両足、胴体と手の一部は3メートル間隔で別々に埋められていたが、
頭の一部が土の中から出ていたため発見されたのだった。
1990年にはピッチがまだ存在していない。この女性ではないだろう。
94年から08年くらいまでがピッチの普及していた時期で、
「怖いよ」と語り掛けてきた女性も実在したはずだった。
当然ピッチのキャリアとして使用料を支払っていただろう。
やはり遺失物として、最寄りの交番に届けるのが最も適切だと思えた。
行方不明や捜索願いの対象になっている人物と接点があるかもしれない。
その日仕事を終えて自宅に戻ると、自転車で舎人公園近くの交番に向かった。
夜の九時過ぎだったが、途中軽自動車と接触して転倒した。
ウィンカーを出さずに左折した車にぶつかったのだが、相手は急停車した。
「ウィンカー出せよ」
こちらは転んだ程度で怪我はなかったが、かなり興奮して怒鳴った。
メガネのおばさんが一人で運転していたようだが、運転席側に回り込んだこちらを
なぜかにらみつけてきた。
「おい、事故だからな。警察に電話するぞ」
ナンバーを携帯で撮ろうとした瞬間、車は急発進した。
慌てて撮ろうとした瞬間、トラックにクラクションを鳴らされて振り返り、
その間おばさんの車は走り去った。
この間五分くらいだった。
交差点の植え込みに横転した自転車を引き上げ、どこか壊れていないかチェック。
大丈夫そうだと分かり、おばさんの車のナンバーが撮れたか確認しようとして、
ハッとした。慌てて撮った一枚。後部座席に女性の人影が写っている。
「確か一人だったよな」
急に不安になって、無意識にズボンのポケットを確認した。
「あれっ?」
交番に届けるつもりで持ってきたピッチがない。