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カゲ

2018/07/22

俺はおっさんリーマン。
ご多分にもれず中間管理職的な立場で、上からドヤされ下から突上げられを朝早くから夜遅くまで繰り返す毎日だ。
その日も終わりが近い頃、いつも通りヘロヘロになった身体を引きずって単身アパートまで帰る途中での事だ。
アパートは駅から歩いて15分位の道のりで、帰り道の途中に結構な登り坂があって、突当りを右に曲がるんだが、その突当りになんという事もない古ぼけた5階建ての雑居ビルがあった。
いつもなら帰り道で坂を登っていても、気にもしなかった建物だが、その日はなんだか俺の注意を惹いた。
違和感てやつ?
何でもいい、坂を登りきるまで意識を反らすものなら足の疲れも忘れていられると、俺はその建物を注視しながら坂を登っていった。
なんだ。
何のことはない、建物入口の蛍光灯が切れかけているのか、1分位ごとに点滅を繰り返している。
意識しないでその建物を見る瞬間、瞬間に建物のガラス戸が明るく見えたり真っ暗に見えたりしていただけだった。
坂を登りきり、建物から10m位の距離に近づくまで、見るともなしにその点滅を目あてに重い足を進めていた。
ん?
新たな違和感を感じて思わず足を止めてしまった。
何か変だ?
でも何が変なんだ?
明滅を繰り返すガラス戸を注視しながら、更に建物の入口に近づいて行った。
ガラス戸の向こう、蛍光灯が点いた時には、奥の薄暗い階段や入口脇の郵便受が並んでいるのが分かる。
また、フッと真っ暗になりそれらがかき消すように見えなくなる。
真っ暗になると、ガラス戸が街灯を映し、郵便受も薄ボンヤリと透けて見える。
ガラス戸の前に立ちながら違和感の元を見つけようとしていた。
目をすがめて更によく見ようとしたら、分かった。
というか見えたように感じた。
暗闇の中に人影のようなものがフラフラと立っている。
嘘だろ。
チョッと腰が引けたような気がしたが、確かにいる。
というか、影が左右にフラフラしていなければ、気付かなかったかもしれない。
と、再び蛍光灯が点いた。
おい、嘘だろ?
今度は本当に腰が引けた。
一瞬、目が眩しかったが、奥まで見通せるようになったガラス戸の中には誰も何もいない。
恐る恐るガラス戸に近づき、取っ手を試して見たが、施錠されている。
あれが何であれ、点灯する瞬間までその動きは見えていた、と思う。
何だったんだ、あれは?
また、蛍光灯がフッと消えた。
短めの明滅で不意をつかれた俺は、取っ手に手を掛けたまま中腰で真っ暗な中を窺った。
いた。
さっきと変らない場所に。
左右にフラフラしている人影は、女なのだろうか?
肩が隠れる位の髪が分かる位で、それ以外は周りに溶け込む様な黒一色だ。
これは間違いなくいる。
俺は目を離せなくなったまま点灯を待った。
おかしい?
かなり長く消えたままの様な気がする。
俺は携帯を取り出して時間を確認した(腕時計は持ってない)。
え?
携帯から目を戻した途端、影が動き出した。
左右にフラフラしているのが、徐々に前後にフラフラする動きに変って行ってる。
違う。
今まで俺が見ていたのが後姿だとすると、影はこちらを向こうとしている。
両足を縛られているかのような動きだが、もう間違いない。
どう考えたって人間じゃないだろ、あれ。
こっち見てどうするつもりだよ?
と思うんだが、手だけは金縛りにあったようにガラス戸の取っ手にはりついたままだ。
やがて黒い影は、完全にこちらを向いた。
顔も真っ黒だったが、それが顔であることは分かった。
そして俺と目が合った。
真っ黒の中に更にコールタールの様な漆黒が凝集して目を形作っていた。
そして次の瞬間。
口が形作られて、その口がニヘラァと胸糞わるい笑い方を形作った。
影は黒い笑いを貼り付けたまま徐々に俺の方に近づいてくる。
本当に少しずつ少しずつ俺に近づくと同時に、何か影自体もゆっくりと大きくなっていくようだった。
やがて、ガラス戸を挟んで等距離になる位まで近づいた。
影は玄関一杯に広がっていた。
影の顔はかがみ込んだ位の所に移動して、もう一度ニヘラァと笑おうとした、と思う。
ピンッ。
妙に乾いた音と同時に、ビシャァァッと水を叩きつけるような音が響いた。
影はガラス戸全体にベッタリと張り付いていたが、塵が飛ばされるようにゆっくりと消えていった。
中では蛍光灯が点灯していて、また何も無い建物の風景を照らしていた。

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